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アルビオンから帰還しての最初の朝、教室にやってきたルイズとジョセフをクラスメイト達が一斉に取り囲んだ。スキャンダルに目敏い生徒達の間では、ルイズ達が学院を留守にしている間にまた何か手柄を立ててきたという噂で持ち切りだった。 ルイズ達が出立する朝に魔法衛士隊の隊員と一緒にいた所を目撃したのはキュルケだけではなく、数人いただけだった。が、それでも噂好きな生徒達に数日の時間があれば、話が尾びれをつけて大きな噂になってしまうのはある意味自然とも言える。 ルイズ達と共に学院を留守にしていたキュルケ達に話を聞こうと試みたようだが、そもそも喋らないタバサ、軽薄な態度なのに実際は余計な事はぺらぺら喋らないキュルケはともかく、人から注目されるのが何より大好きなギーシュでさえ何があったかを語らなかった。 これ以上粘っても無駄だと判断した生徒達は、朝食の場にも現れず、最後に教室へやってきたルイズを取り囲んだが、当のルイズは素っ気無くジョセフに視線をやった。 「それについては、私が説明するよりジョセフが説明した方が判り易いでしょ?」 そう言いながら、自分は生徒達の壁を掻き分けて席に付いてしまう。 確かに同じ内容の話を聞くなら、話術に長けているジョセフに聞いた方がよっぽど楽しめると判断した生徒達は一斉にジョセフの元へと集まってきた。 「――で、ジョジョ。貴方達、授業を休んでどこに行っていたのかしら? 私達に説明してちょうだい」 腕を組んで優雅に問いかけたのは、香水のモンモランシーだった。 ギーシュとの仲を取り持たれ、早いうちに赤い洗面器の会の一員になったモンモランシーだが、それでも平民と貴族との身分の差を忘れない鷹揚な態度で言葉を掛ける。他の生徒達も、「そうだそうだ! 早く聞かせろ!」と調子を合わせている。 だがジョセフの目には、偉そうな態度を崩していない生徒達は、餌を待って大きく開けた口からぴよぴよ鳴き声上げている姿と変わりなく見えていた。 「ん~~~~、どうしよっかのォー。そんなに聞きたいんか?」 「勿体ぶるなよジョジョ! 早くしないと先生が来ちゃうじゃないか!」 「そうよ、もっと早く来てくれれば良かったのに!」 そろそろ教師が来る時間だと判っていてわざと焦らすジョセフに、生徒達は焦って話を促す。 口を尖らせながらも期待に満ちた純真な目でジョセフを見つめる生徒達の背に視線をやり、ギーシュはチェッと舌打ちした。 「あーあ、本当なら僕がみんなの注目を受ける手筈だったのに」 取り囲まれてちやほやされたりされるのが大好きなのもあるが、愛しのモンモランシーまでジョセフの話を聞く為早足になっていた事もギーシュの心を少しばかり傷付けた。 ウェールズの居室で朝食を取っている際、ジョセフは、魔法衛士隊に裏切り者がいたり亡国の王子を匿う事になった今、噂好きの生徒達に対して下手に全員で黙り込むよりはそれっぽい作り話を聞かせて満足させてしまおうという提案をした。 それに対してルイズは、パンを一口大に千切りながら興味なさげに言った。 「そんなの、何も言わなければどうせ諦めるわよ。そんな事しなくたって別の面白そうな事があればそっちに興味が行くんだから」 しかしキュルケは、エビのソテーをフォークで切り分けながら笑う。 「あら、何も言わない方が却ってみんなの興味を集めてしまうんじゃない? こういうものはね、隠されると逆に聞きたくなるものなのよ。特に噂話の大好きなトリステインの貴族はね」 「ツェルプストー!」 早速声を張り上げたルイズに微苦笑を浮かべながらも、ウェールズはスープを一匙飲み下し、ふむと頷いた。 「いや、ミス・ツェルプストーの言う事ももっともだよ。私と言う厄介事を抱えている以上、僅かな綻びが大きな災いを呼ばないとも限らない。私はミスタ・ジョースターのアイディアが最良だと考える」 「う……皇太子様がそう仰るのなら……」 今にもキュルケに噛み付こうとしていたルイズも、ウェールズの穏やかな言葉に渋々矛を収めた。 「それならば他の誰でもない僕の出番だね! ああ、待っていてくれたまえ僕の可愛い子猫ちゃん達!」 「あんまりムチャな話だと誰も信じんし、ある程度は本当っぽいコトを混ぜておかんとな」 薔薇を口にくわえてクネクネするギーシュを完全無視して、ジョセフ達は作り話の内容を決めに掛かる。全員が少し考えた後、口火を切ったのはルイズだった。 「ええと、じゃあオスマン氏に頼まれて王宮へお使いに行ったって言うのはどうかしら」 「それじゃご期待に添えないわねぇ。それだけの為に魔法衛士隊の隊長様が一緒に行くとか大袈裟すぎない? 曲がりなりにもスクウェアメイジだったんだから」 「あー、んじゃ王女様の独断で吸血鬼討伐の命令受けたっつーんはどうじゃ」 「げふっ」 話に参加せず黙々と六人分のはしばみ草サラダを食べていたタバサが、突然むせた。 「あらどうしたのタバサ、慌てなくても誰もはしばみ草なんか食べないわよ」 「……問題ない」 ハンカチで口元を拭きつつ、再びサラダに取り掛かる。 「でも親愛なる級友の皆様は、ゼロのルイズが吸血鬼を倒したなんて話を信じるかしら」 「ゼロって言うな!」 「んじゃこうするか。姫様が行幸されてる間に、途中の村から『村人が次々と姿を消している、もしかしたら吸血鬼かもしれません』という訴えを聞いたことにしよう。じゃが行幸の最中じゃから今すぐ動けるのが御付の魔法衛士と、昔の友人だけだった。 で、吸血鬼かと思って調べてみたら実は吸血鬼を騙った人攫いの山賊じゃったと」 「げほっ! げほ、かはっ!」 またむせたタバサの背を、キュルケがぽんぽんと叩いてやる。 「どうしたのよタバサ。もしかしてドレッシングの酢が効き過ぎてる?」 「何もない……気にしないで」 事ここに至り、タバサは休みなく動いていたフォークとナイフを一旦止める。 もしかしたらジョセフは、何か突き止めているのではないかと言う疑念がタバサの中に芽生えた。読心能力のあるハーミットパープルでついうっかり自分の事情を知ってしまう可能性もないとは言い切れない。 結果から言えば、タバサが食事を中断したのは正解だった。 ジョセフがゲラゲラ笑いながら提案した作り話は、その山賊の一人が昔ルイズの屋敷で働いていた使用人だったり、山賊をひっ捕らえたのはいいがその裏にミノタウルスがいたり。 そうかと思えば事件の真の黒幕は村に隠れ住んでいた年端も行かない子供が吸血鬼でした、などなど。 ルイズはあまりにも突拍子もなく脱線したジョセフの作り話に呆れていた。 「そこまで行くと明らかにウソですって言ってるようなものじゃない。そりゃ吸血鬼もミノタウルスもいないことはないけど、そこかしこにホイホイいるものじゃないんだから」 キュルケはお腹を抱えてテーブルをバンバンと叩いていた。 「もうダーリン最高、ホラ話もそこまでいくともう笑うしかないじゃない!」 ウェールズはキュルケのようにオーバーアクションで笑うことはないものの、食後の紅茶を飲みながら、ほっといたらどこまでも脱線し続けるジョセフのホラを優雅に笑って聞いていた。 ギーシュはさっきからずっと「さあ子猫ちゃん達! もっと僕をッ! 隅々まで舐めるように僕を見てッ!!」と想像の大観衆の視線を一手に集めてくねくねくねくねしていたが、そんな明るい部屋の中で一人、タバサは背中にゴゴゴゴと奇妙な効果音を発生させていた。 (どこまでッ! どこまで知っているッ!?) タバサの裏の事情を知らない無関係の人間が、そこまでピンポイントに狙った冗談を連発出来るはずがないのだが、ジョセフはこれっぽっちもタバサの事情なんか知らなかった。 十二匹のサルにタイプライターをタイプさせ続けたら宇宙の終焉までにはシェイクスピア全集が書き上がる、という話もあるが、ジョセフは早々とタバサの冒険を上梓していた。 普段通りの無表情の仮面の下、ジョセフへのこれからの対処法と、(彼なら本当に知っていたとしたらこんな無用心に情報を明かすとは考えられない……!)という思考のせめぎ合いに翻弄されていることなど、流石のキュルケでも察することは出来ない。 愉快なジョセフの漫談も、授業の時間が近付いてきてしまってはいいところでケリをつけなければならない。 結果、「吸血鬼が出たと訴えてきた村へ至急魔法衛士と友人を派遣したら、実際は人攫いの山賊がいただけで特に問題なく山賊を討伐して帰ってきた」という無難な話で収まった。 実際の旅でも、山賊ではないがラ・ロシェールの傭兵を撃破した実績はあるのであまり外れた嘘でもない。 この件は全てジョセフが説明する、という事に約一名を除いて全員の同意を得た上で、アルビオン行のメンバーが教室に向かい、現在に至るという訳だった。 ジョセフが語って聞かせるちょっとした冒険譚は、クラスメイト達の中で増幅された噂話が築き上げた大手柄に比べたらとてもささやかなものだが、ジョセフがちょくちょく織り交ぜる大嘘の痛快さが彼らの不満を解消する役目を果たしていた。 「じゃがわしの手札はブタ! 向こうはそれが判っているはずなのにわしが次々と積み上げる金貨の山に恐れを為して滝のように汗を流すわ椅子から転げ落ちるわ失神するわ!」 朝食の席ではなかった新たな展開が繰り広げられている真っ最中の人だかりを、なおも未練がましそうに見つめているギーシュ。 いつも通り本を読んでいる振りをしながらも、横目の視線が油断なくジョセフを捕らえているタバサ。 そしてもう一人。人だかりとジョセフに落ち着きなく視線を走らせながらイライラと親指の爪を噛んでいるルイズがいた。 (何よ何よっ! だらしなくデレデレしちゃって!) いつも放課後にしているように、クラスメイト達に笑い話を聞かせているだけの姿が、どうしても今日のルイズには若い少女達に囲まれて喜んでいる様にしか見えない。当然、少女だけでなく少年もいるが、流石に少年達へは嫉妬を向ける事まではなかった。 (ジョセフは私の使い魔なのよ! ほらもうそろそろ授業じゃない、早く返しなさいよ!) 自分の使い魔を大切にするのは半ばメイジの義務のようなものだが、それを考慮に入れてもルイズの嫉妬っぷりは大したものである。 教室の騒ぎには頓着することもなく化粧を直しているキュルケは、禍々しいオーラを立ち上らせているルイズを一瞥してはぁと溜息をついた。 結局盗賊を捕まえたが、しかし事件解決の為に火竜山脈へ極楽鳥の卵を取りに行かなければならなくなったところで話は終わった。ミスタ・コルベールがやってきたからだ。 それぞれ席に戻る生徒達と同じように、ジョセフもルイズの隣の席に戻ってくる。 やっと自分の側に戻ってきた使い魔の暢気な横顔に怒りが込み上げてくるものの、それをぐっと飲み込んでギギギと視線を前にやった。 さてコルベールの授業だが、今日は何やら奇妙な物体をレビテーションで運んできたのを見た生徒達は各々「ああ、今日は休講か」と判断する。 彼は生徒の教育に冷淡というわけではなく、むしろ情熱を持った部類の教師ではあるのだが、それ以上に自分の研究に対して非常な情熱を傾けている。 結果、自分の授業の時間をちょくちょく研究の成果を披露する場にしてしまうことは珍しいことではなく、私語にかまける生徒達をほったらかしにしたまま自信たっぷりに高説を繰り広げる光景が展開されるのだ。 今日も今日とて金属の筒やパイプやふいごなんかが組み合わさった装置を見たルイズは、授業時間が無駄になることを悟りつつも、とりあえずはコルベールの説明を聞く事にした。 コルベールが滔々と語る言葉によれば、火の系統は破壊だけではなくもっと別の使い様があるはずだと言う。メイジが自分の得意とする系統を殊更に褒め称えるのは珍しいことでもないし、現にコルベールも炎蛇の異名を持つ火のトライアングルメイジである。 しかし彼は他の火系統のメイジとは違い、火の魔術の本領とも言える破壊に関してはあまり重要視していない節が見られた。むしろ他の系統と比較するとやや劣る応用性を火の魔術に求めようとしていたのだった。 そのせいか、他の火系統のメイジからは多少なりとも軽んじられている。同じく火系統のトライアングルメイジのキュルケは、コルベールの授業を頭から聞くつもりがなかったりもする。 油と火の魔法を用いて動力を得ると自信満々に発明した装置を披露したコルベールだったが、如何せんその装置が何をやるかと言えば、装置の中からヘビの人形が出たり入ったりするだけだった。 呆れた顔をしながらも一応は最後まで付き合う生徒の人数も最近では減少の一途を辿っており、最近では大体の生徒がさっさと見切りを付けて近くの生徒達と実りある私語に没頭している。 コルベールが自慢の発明品を披露した際の日常的な反応だが、当のコルベールは何度も繰り返された状況に悲しげに眉を寄せながらも、それでも懸命に説明をする。 それに反応する生徒は更におらず、反応があったとしても「そんな装置使わなくても魔法使えばいいじゃない」という……ハルケギニアでは至極真っ当な返事だった。 勉強が嫌いではないルイズとしては、こんな益体もない講釈を語られる暇があったらもっと魔法の勉強をしたいというのが本音である。 せっかくの授業時間が無駄になった、と頬杖付いて溜息をつこうとした瞬間、横から大きな拍手が聞こえた。 不意の拍手に驚いてそちらを見れば、ジョセフが立ち上がって拍手をしている……つまりスタンディングオベーションの形を取っていた。 「ブラボー!! おお……ブラボー!! 素晴らしいッ、それこそ正に『エンジン』ッ!」 教室中の視線を再び一手に集めながらも、ジョセフは心からの賛美を惜しまず手を打ち続けていた。 「えんじん? ええと……君はどなたかね?」 突然浴びせられる賛美の声に、コルベールも虚を突かれてジョセフを見た。 「おっと、わしの名はジョセフ・ジョースター! そんなことよりそいつぁエンジンじゃ、もわしのいた国では、そいつを使ってミスタ・コルベールが説明した通りのことをしとるんじゃ。いや、それにしても素晴らしい!」 「ちょっとジョセフ! いきなり何目立つようなことしてるのよ!」 ルイズが慌ててジョセフのシャツの裾を掴んで座るように手を引いたものの、思いがけないものを目撃して興奮したジョセフはビクともしない。 「ミスタ・コルベール! そいつはアンタが一から作ったんですかな!? もし良ければそいつについてもっと話をしたいんじゃが!」 それどころかルイズに裾を掴まれていたことさえ気付かず、そのまま主人の手を離れて教壇のコルベールへと早足で近付いていき、そこから装置の成り立ちや仕組みについて生徒達を完全に放置してハゲとジジイだけが大盛り上がりする、奇妙な光景を展開させる。 さっきまで興味なさげに聞いていた生徒達も、「おい、ジョジョがあれだけ食いつくってことはあの装置はすごいものなんじゃないか?」と、先程とは違う食い付き方を見せて周囲のクラスメイト達と盛り上がり始めていた。 だがルイズは一人、ついさっきまでシャツの裾を掴んでいた手をじっと見つめた後、周囲の盛り上がりをよそに机に突っ伏して目を閉じ、考えるのを止めた。 結局授業時間が終わるまでジョセフとコルベールの会話は続き、今日一日の授業を自習にしてジョセフを自分の研究室へ招待する事を提案されたジョセフがそれを快諾した所で、ルイズはむくりと身を起こし、少しばかり怒りを込めてジョセフを見やる。 主人が自分をじとりとした視線で見つめているのも気にすることなく、あっけらかんとした声を掛けた。 「おうルイズ、わし今からコルベールセンセんトコに行くことになったんじゃが来るか?」 「………………ええ、ご一緒させて頂きますわ、ミスタ・コルベール」 今にも口から飛び出しそうになった怒りをしっかり飲み込んで、精一杯の儀礼的笑顔を貼り付けて、嫌味たっぷりの挨拶を引き攣りながらも言い切った。 「おおそうかね、ミス・ヴァリエール! 是非来てくれたまえ、ミスタ・ジョースター! 見学は大歓迎だよ!」 「よしよし、んじゃあそうなったら善は急げじゃな!」 しかしハゲとジジイは少女の刺々しい皮肉を察するどころか完全に気付く気配もなく。大張り切りでこれからの予定を決定してしまう。 そのまま三人は本塔と火の塔の間にあるコルベールの研究室へ向かった。 「さあここが私の研究室だ。初めは自分の居室で研究をしていたのだがね、研究には騒音と異臭は付き物でね。隣の部屋の連中から苦情を頂いてしまった」 「ふうむ、実に趣のある研究室じゃなあ」 ジョセフが感心したように言うが、虫の居所が悪すぎるルイズはもっと率直な意見を言い放った。 「ただのボロい掘っ立て小屋じゃない」 研究室という言葉をこの掘っ立て小屋に適用するなら、その辺りの物置も研究室になりかねない。 「いやいやルイズ、実に悪くない。このハルケギニアであんなエンジンを一人で一から作るような研究者の拠点としちゃー実に上出来じゃぞ?」 コルベールが開けたドアから三人が小屋に入るが、途端に匂った異臭にルイズは眉間の皺を更に深めて後ずさって鼻をつまんだ。 「な、なによこの臭い!」 「なあに、臭いはすぐに慣れるものだよ」 小屋の中は棚や机の上に所狭しと並ぶ薬品のビンや試験管に雑多な研究器具があり、壁一面の本棚にこれでもかと本が詰め込まれ、その他にも天体儀や様々な地図、オリの中にヘビやトカゲに奇妙な鳥と、ガラクタと紙一重な混沌とした物品で溢れていた。 それに埃やカビが混ざり合って、貴族育ちのルイズがついぞ嗅いだ事のない悪臭が醸し出される。ルイズは室内に入ろうともせず、外から抗議の声を上げた。 「レディにこんな鼻が曲がりそうな臭いの中に入れと仰るんですか、ミスタ!」 ルイズも目上の人間への礼儀を十分身に付けている。普段ならもう少し穏便な抗議をしていただろうが、コルベールは気分を害した様子もなく苦笑して肩を竦めた。 「ご覧の通り、御婦人方にはこの臭いは非常に不評でね。見ての通り、私は独身である」 「はは、まーしょうがなかろうな。主人にこの匂いは刺激的過ぎるようじゃな、一味違うというヤツじゃからのう」 ジョセフもコルベールと会話を続けるうちにいつの間にかタメ口を利いていたが、コルベールは平民の無礼な態度を気にする様子を見せない。研究の理解者が突然現れた喜びの他にも、そもそも身分の差を気にも留めていないようだった。 「まー、あんな見事なものを見せてもらったんじゃ。まだまだ改良の余地はあり放題じゃが、一人でエンジンを作った栄えある技術者じゃからな。そういう人には、わしとしても協力をしたいとは思うんじゃよ」 そう言った瞬間、ジョセフは手袋を脱ぐとかちゃりと左腕を外す。 「ちょ!? いきなり何してんのよ!?」 外から中の様子だけは伺っていたルイズが驚きの声を上げるが、ジョセフは取り外した義手をぶらぶらと揺らして見せた。 「いやー、ここに来てからコイツのメンテナンスをちっともしてなかったんでな、ちょいとキリキリ言い出してきたんじゃよなァー。まあコルベールセンセは最初にわしの左手見とるし、エンジン組める実力があるならちょいとメンテも頼めるかのうと」 そしてルイズからコルベールに視線を戻し、コルベールに義手を差し出す。 「わしのいた国でも最高級の義手じゃ。コイツの仕組みは次のエンジンを設計する時には大いに参考になるじゃろうからな。そうそう、あんまりバラしすぎて元に戻せませんでしたッつーのはカンベンしてくれよ?」 ぱちり、とウィンクしてみせるジョセフから、コルベールは興味津々な様子で義手を受け取った。甲に浮かんでいたルーンを見て、やっとコルベールはジョセフが伝説の使い魔ガンダールヴだということを思い出した。 「ほう、これは……まるで彫刻のような造形だな。どれ、少し分解して仕組みを確認させてもらおう」 床に置かれていた工具箱から幾つか工具を取り出して、机の上に置いた義手の分解に取り掛かるコルベール。作業に入ってさしたる時間も置かず、コルベールの顔を驚きが占めた。 「これは……何という事だ! まさかとは思うが、これの動作に魔法は一切使われていないのかね!?」 「おうともさ、わしの懇意にしてる技術者の汗と涙の結晶じゃ」 スピードワゴン財団謹製の義手は、地球でもオーパーツ並の完成度を誇る代物である。金属質な外見も手袋を被せてしまえば、生身の手と同じように日常を送ることが出来る。 かつてルーンを確認した時は、義手が稼動する所も見ていなかったが、こうして中身を見ればこれがとてつもない技術で作られている事がすぐに理解できた。 「ふむ、様々なパーツを組み合わせることによってこんなに自然な動作で人間の手を再現するとは……。すごいな、君の国ではこんな技術が普通にあるのか。一体どこの国の生まれかね」 コルベールの問い掛けに、外から中の様子を伺い続けているルイズの顔色が変わる。 「え、ええとミスタ・コルベール! 彼はその、ええと、東方のロバ・アル・カリイエから召喚されたんです!」 「なんと! あのエルフ達の住まう地の遥か向こうの国からかね! 召喚されて来ているのだから、エルフの地を通らずともここにやってこれた訳か……なるほど、東方の地では学問、研究が盛んだと聞いた。かの国はこんなに技術が進歩していたのか」 咄嗟にルイズが言い繕った言葉に納得したコルベールに、ジョセフが続けて言った。 「ああ、実はわしこっちの世界の住人じゃないんじゃよ」 ルイズとコルベールの動きが、時を止められたように止まった。 「何と言ったね?」 「あ、ああああ、あんた何を言って……!」 豆鉄砲を食らったような顔をするコルベールと、狼狽するルイズに構わずジョセフは言葉を続けていく。 「ハルケギニアとは違う別の世界から主人に召喚されてこっちに来たんじゃ。この前フーケのゴーレムブッちめた破壊の杖も、そもそもわしの世界の代物なんじゃよ」 あっさりと自分の素性をバラした使い魔に駆け寄ると、ルイズは渾身のチョップ……いや、貫手と称していい一撃を脇腹目掛けて打ち込んだ。 「ぐはっ!?」 「こ、こ、こ、このボケ犬うううううううううう!! 何ご主人様がかばってあげてるのに自分からいきなりバラしちゃうのよ!?」 はーはーと息を荒げてピンクの髪から湯気を立ち上らせるルイズに、ジョセフは脇腹擦って口を尖らせた。 「んなコト言われてもルイズよォー、いくらロバ・アル・カリイエとやらがこっちじゃ未知の国じゃっつってもそんな取って付けたウソなんかすぐバレちまうぞ。そんなモン、わしがこの義手を渡して分解させるって時点で自分の素性くらいバラすつもりじゃったしよ」 そこからきゃんきゃんわめく主人を適当に宥めているジョセフを、コルベールはまじまじと見つめてから「なるほど」と、納得したように頷いた。 「おやセンセ、思ったより驚かんな」 「そう見えているかね? だが確かにそうだ、君がミス・ヴァリエールの使い魔になってからの言動や行動を鑑みるに、ハルケギニアの常識の範疇を越えた所に君は存在している。そうか、それならぱ合点がいく。そうかそうか……これは面白い」 「ふーむ。まあ一人でエンジン作っちまうのもそうじゃが、センセも大概こっちの世界の常識を踏み越えとるタイプじゃないかのォ」 「ははは、常々そう言われるよ。そのせいで齢四十を越えても嫁の一人すら来ない。だが、このコルベールには信念があるッ!」 「信念かね」 「そうだ。この世界の貴族は魔法をただの道具……せいぜいが使い勝手のいい箒程度にしか考えていない。だが私はこう思うのだ、魔法は多様な可能性を秘めている。伝統や格式に捕われていては見えない、光り輝く黄金のような価値が魔法には存在する!」 力強く言い切るコルベールに、ジョセフもまた感じ入って頷いた。 「その通りじゃよセンセッ! わしの世界でも人間は長い年月をかけてコツコツと進歩してきた! その中で世界を進歩させてきた先駆者は、周りから笑われ理解されずとも自分の信じる道を歩んできたものじゃからなッ!」 「そうか、そうやって進歩した技術の結晶がこの義手という訳か! 正直に告白しよう、私は自分の研究が果たして何処に繋がるのかと不安になったこともある! だが君の話を聞いて、私の信念が間違っていないことを知ったッ! ふむ、異世界か……ハルケギニアの理だけが全ての理ではないということか! なんという面白さ、なんという興味深さ! 私はそれをもっと見たい、もっと知りたいッ! 見知らぬ世界で作り上げられた技術にハルケギニアの魔法を加えれば、まだ見ぬ新たな技術が生まれるだろう! 私の魔法の研究に、新たな一ページが書き加えられることだろう! だからミスタ・ジョースター、困ったことがあったら何でも私に相談してくれたまえ! この炎蛇のコルベール、いつでも力になろう!」 二人だけで大盛り上がりするハゲとジジイを眺めていたルイズは、やがて諦めの溜息を深々と吐いた。 男と言うものは群がると時々理解できない話題で自分達の世界を作ってしまう。いつぞやギーシュとヌーベル・ワルキューレを作る相談をしていた時にも似たような光景を見た記憶があった。 ルイズはこれ以上の干渉を断念して、黙って学生の本分に戻ることにした。 昼食時、ウェールズの居室へ昼食を取りに来たジョセフがキリキリしなくなった義手を嬉しそうに見せびらかすのにも、ルイズはただ大きな溜息だけで答えたのだった。 To Be Contined →
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「朝ですぞー。起きてくれませんかのぉ」 「うにゃ……あと五分……あと五分~~~」 「三回目ですぞその言葉は……」 キングクリムゾン。 「どうしてもっと早く起こさないのよ! このバカ犬! 役立たず! ボケ老人!!」 「何回も起こしとったんですが……」 朝食の時間に間に合わないかもしれない時間に起きたにも拘わらず、ルイズはジョセフに自分の着替えをさせていた。 その間もきゃんきゃん怒鳴るものだから、ジョセフの耳はキンキンしっぱなしだった。 寝巻きを脱がせ、下着を着けさせ、制服を着せていく。 当然ルイズの生まれたままの姿を朝日の下で目撃することになる。 ジョセフの感想は「肌はすべすべじゃが、上から下まで子供そのものじゃのう。これは遺伝か?」だった。 しかし貧乳だとか幼児体型だとかいう単語を口にするのは危険だと、ジョセフの第六感は強く語りかけていた。 シエスタからは「使い魔と召使は別物」「雑用まで言いつけてるのはミス・ヴァリエールくらいのものではないか」「学院の生徒だから普通は自分でやるもの」「他の貴族の方々はもうちょっと使い魔を大切にしている」という話を、世間話ついでに聞いていた。 公爵家の生まれというのもあるだろうが、せっかく呼び出した使い魔は役に立たない(フリをしている)から、その鬱憤晴らしに当り散らしているのもあると見ていた。 しかしジョセフはそんな扱いに憤りを感じるどころか、「たまにはこんなのも悪くはないのう。いやはや役得役得」と男の幸せを噛み締めていた。 女性に服を着せる、というのも脱がせるのとはまた違った趣がある、ということをよく知っている彼だった。 「ああもう! 早く着替えさせなさいよ、朝食に間に合わないじゃない!」 と、ルイズが怒鳴りつけた直後。ノックと同時に部屋の扉が開かれた。 「ちょっとルイズ! もうそろそろ朝食だってのにいつまで寝て……」 部屋に入ってきた褐色肌の女は、部屋の中の光景を見て大きく目を見開き、ぽかんと口を開けた。 その時ジョセフは、ルイズのブラウスのボタンを留めようとしている所だった。 褐色肌の女視点でより詳細に描写すると、こんなことになっていた。 ピンク髪の幼児体型少女の前で背を屈めている、見覚えのないガタイの宜しい老人が、彼女のブラウスに、手を、かけていた。 二組の視線を集める彼女は、えほん、と咳払いをしてそそくさと後ろ向きに部屋を出ようとする。 「ご、ごめん。お楽しみのところだったのに邪魔しちゃって。あたしから上手に言っておくから続けて続けて」 「こら待てキュルケェェェェェ!!! 何勘違いしてんのWRYYYYYYYYY!!!」 褐色肌……キュルケの盛大な勘違いの意味に気付いたルイズが大爆発を起こし、ジョセフの手を振り切ってキュルケへと飛び掛る。 (あーこりゃ朝食には間に合わんかもしれんのう) 波紋で空腹を克服しているジョセフは、ほぼ他人事のような感想を抱いた。 褐色肌で背が高くナイスバディな彼女……キュルケと取っ組み合うルイズの姿を見たジョセフは、キュルケはルイズの友人なのだと理解した。 おそらく本人同士は「違う」と断言するだろうが。 そして数分後、やっと落ち着いたルイズの怒鳴り声を浴びながら着替えを終わらせたジョセフは、食堂へとやっと向かうことが出来た。 食堂の床に座って固いパンと薄いスープを食べた後、教室で魔法の授業を聞くジョセフ。 使い魔である彼は当然ながら、巨大モグラやサラマンダーやフクロウと一緒の場所に座らされているわけだが、ここで本日二回目のアメリカニューヨーク仕込の人心掌握術が炸裂していた。 授業の内容もそこそこに後ろを振り返ったルイズが見たものは、使い魔の輪の中心で胡坐をかいて談笑しているジョセフの姿だった。 (使い魔は使い魔同士、気が合うものなのかしらね) しかしルイズは微妙に気に入らなかった。 あんな朗らかな笑顔を自分の前じゃしなかったじゃないか。人の顔色を伺ってヘコヘコ頭を下げていたくせに、自分と同じ立場の使い魔達とはあんなすぐに仲良くなって。 役に立たないくせに友達はすぐに作れるだなんて。 役に立たないくせに…… 「ミス・ヴァリエール! 授業中は前をお向きになって頂きたいのですけれど!」 ルイズの取り止めもない思考は、教師の声で唐突に打ち切られた。 「ではミス・ヴァリエール、前に来てこの石を『錬金』してみせて下さい。どんな鉱石でも構いません」 事情を知らない教師の言いつけに、教室中から恐慌にも似たブーイングが巻き起こる。 怒涛のブーイングの中、ルイズは足音も荒く前へと歩み出て行き……覚悟を決めた生徒達は一斉に机の中へもぐり……使い魔達も物陰に隠れ…… 今日の爆発は、いつにも増して酷かった。 「いやはや、なかなか大したモンでしたぞご主人様。あれだけの破壊力なら十分実用レベルですじゃ」 「うるさいうるさいうるさい!」 ジョセフは心からの賛辞を送っているのだが、今のルイズには嫌味や皮肉にしか聞こえない。 ある意味この事態を巻き起こした張本人とも言える、教師シュヴルーズはルイズの起こした大爆発をまともに食らって再起不能。 一週間近くも自習が決まったことに生徒は喝采を叫んだものの、虫の息になったシュヴルーズは最後の力を振り絞って、ルイズに教室の掃除を命じた。 もはや掃除ではなく撤去作業と称してもいいほどの惨事に、ジョセフは一人で立ち向かっていた。ルイズは辛うじて無事だった机に座って、不機嫌そうに足を組んでいるだけだ。 「それにしても、ワシだけが仕事をするというのはどうにも不公平じゃありませんかのー。 そもそもご主人様が受けた罰なんじゃから、形くらい手伝ってもらいたいんですがの」 「うるさい! ご主人様と使い魔は運命共同体、言わばご主人様の受けた罰は使い魔に与えられた罰なのよ! そんな当たり前のこと言ってるヒマあったら手を動かす!」 イギリスには「お前のものは俺のもの 俺のものも俺のもの」という言葉がある。日本にはこの言葉を決め台詞にする人気キャラクターがいるが、それは偶然の一致らしい。 この分ではきっと、使い魔が貰ったものはご主人様のものだと言い出しかねない。 これまでのルイズの言動を鑑みて、その予想に魂を賭けてもいいとすらジョセフは思った。 「まぁしかしなんですじゃ。ご主人様が『ゼロ』と呼ばれる所以はよく理解できましたがの」 「アンタ喧嘩売ってるワケ?」 「滅相もない。例えばわしなぞ平民ですからの。ええと、こうでしたかな……」 と、教室を吹き飛ばした原因である『錬金』の呪文を、ジョセフが唱えてみせる。一度聞いただけの呪文を正確に間違えず唱えたことにルイズは僅かに感心したのか、眉をぴくりと動かした。 だが当然のことながら、杖も魔力もないジョセフの前には何の変化すらない。 「見ての通り何も起こりませんわい。じゃがご主人様は魔法を唱え、あのような爆発を起こせた。確かに『錬金』には失敗しておるかもしれませんが、『魔法が使えない』わけじゃないということですな」 ルイズは無言で聞いている。眉間には皺が寄っているが、「それで?」と問いかけるようにジョセフをねめつけていた。 「ご主人様の魔法は使い所を間違わなければ、十分に破壊力のある魔法だということですじゃ。わしゃ他のお偉方の魔法がどれほどのものかは知りませんが、わしのいた場所でこれだけの威力を出せたら一級品でしたな」 無論言うまでもなく、ジョセフの人心掌握術その三が炸裂しようとしているところである。だが人心掌握術云々をさておいても、これはジョセフの忌憚ない感想であった。 純粋な破壊力だけで言えば、波紋とハーミットパープルを使えるジョセフよりも確実に上。 「わしはご主人様を『ゼロ』とは決して呼びますまい。それは固く誓えますぞ」 しかしルイズは、ぷい、と顔を横にそらした。 「バッカじゃない? そんなの当たり前よ当たり前! いいからムダ口叩いてるヒマがあったら早く片付けちゃいなさいよ、全く使えないんだから!」 少し早口に言い切ってから、ルイズは心の中で思った。 (……昼ごはんは何か余計にあげてもいいかしら。鳥の皮くらいならあげてもいいわ) 人心掌握術その三は、ちょっとだけ功を奏したようだ。 結局ジョセフ一人が後片付けに従事したため、ルイズ達が昼食を取り始めたのは他の生徒達がメインディッシュを食べ終わり、デザートの配膳が始まろうかとしている頃だった。 「ほら、心して食べるのよ。ご主人様の慈悲深さに心から感謝しなさいよっ」 ジョセフの皿の上に切り分けた肉の脂身を落とすルイズ。 別にいらん、という心の声を億尾にも出さず、「ありがとうございますご主人様ァ~」とボケ老人のフリを絶賛続行中。 スージーにホリィに承太郎、そして部下達にこんな姿は絶対見せられんのォとも考えながらも、我ながら大したボケ老人っぷりじゃのうと自分の演技力に感嘆すらしていた。 (もし元の世界に帰って何か不都合があっても、ここで培った演技でとぼけ通せるんじゃないかのォ~~~。これならイケるんじゃねェ~~~~?) それはそれとして脂身だけでも確かに旨い。アメリカのレストランでこれだけの料理を食べられる店はあまりない。イギリスには存在するはずもない。少なくともここの料理人は一流だ。 スープでふやかした固いパンを咀嚼していると、デザートを配膳しているシエスタと視線があった。ちょっとはにかんだ笑顔でにっこり微笑むシエスタに、ジョセフはニカッと笑って会釈を返す。 (お互い大変ですね)とアイコンタクトを交わした後、ジョセフは食事に、シエスタは配膳の仕事に戻る。 ややあってあとはデザートを待つだけ、なった時、食堂に少女の怒鳴り声が響き、続いて貴族達の笑い声がドッと響いた。 なんだろう、とそちらを向いたジョセフを、ルイズは軽く叱り付けた。 「こらボケ老人! 何かあったからっていやらしくそっち見るんじゃないの!」 しかし当の本人のルイズも、何があったのか興味を隠せないらしい。ルイズはデザートも来ないうちから席を立って騒ぎの輪へと向かっていき、ジョセフも後ろを付いていく。 「全く、本当に気の利かないメイドだな! 知恵があるとは期待してなかったが、ここで働く以上は貴族に話を合わせる機転くらいは持ち合わせていてもらいたいものだ!」 「も……申し訳ありません! 申し訳ありません!」 生徒達の輪の中心は、ワインをたっぷり浴びせられた金髪の少年と、その前に跪いて必死に許しを乞うている……シエスタ。 ルイズは、金髪の少年……ギーシュ・グラモンを見て、「ああ、どうせ二股バレて酷い目にあったんだわ。それでメイドに八つ当たりしてるってところかしら」と心の中で呆れた。 無論、この時は完全にジョセフの事など頭の中から消えうせていた。 だが、もし。ルイズがここでジョセフにちらりとでも視線をやっていたのなら――彼女は、見たことのない“男”の表情を間近で目撃することになっていただろう。 生徒達はニヤニヤと笑みを浮かべながら、事の顛末をただ眺めている。 そしてギーシュの取り巻き達が、この不躾なメイドに如何なる罰を与えるか囃し立てて盛り上がり、シエスタの恐怖が最高潮に達しようかとなった、その時。 一人の男が、生徒達の輪を潜り抜けてきたかと思うと―― ギーシュの顔面に、黒の革手袋が勢い良く叩き付けられたッッッ!!! 「わしの国では、決闘を挑む時は相手に手袋を投げ付ける……トリステインでの決闘の申し入れ方は知らんのでな……」 手袋を投げ付けた張本人は……ジョセフ! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、ジョセフ・ジョースターッッッッ!! To Be Continued →
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ギリ、と歯噛みをしながらも、ジョセフは自分に襲い来る無数の魔法を見……ハーミットパープルに絡め取ったワルド達に波紋を流すことさえ出来ず、掴んだ勝利をむざむざ手放す他無かった。 自分に飛来する魔法を吸収する事は出来る。だが、無数に飛んでくる魔法を吸収しつつ、ハーミットパープルでワルドの捕獲を継続するのは随分と難しい。 ハーミットパープルを解除し、デルフリンガーを構えたまま素早く魔法の嵐から身をかわし、飛びずさる。そのせいでワルドからかなり距離を離す事となってしまった。 「いい判断だ相棒! 俺っちもあんだけの数を全部吸い込めたかどうかはイマイチ記憶が無いんでな!」 「せっかく勝ったっつーのにッ……あんまり有能なのも考えモンじゃなッ!」 ニューカッスルのメイジ達に憎まれ口を叩きながらも、絶対的有利が圧倒的不利に変わったのは何ともし難い。 これが隠者の結界から解放された四体のワルド達だけでも厳しいのに、周囲から集まってくる三百のメイジ達を向こうに回して勝てるとは思えない。 幾らジョセフと言えども、目は前にしかついていない。横も後ろもカバーし切れない。 しかもワルドは、これで自分が直々に手を下さずとも、ニューカッスルのメイジ達に後始末を任せればよくなったのだ。例えジョセフかメイジ達のどちらが勝とうとも、レコン・キスタに利する結果になるのだから。 魔法に巻き込まれないように素早く距離をとるワルド達には、窮地を見事脱した会心の笑みが浮かんでいた。 対するジョセフは、この場での戦いを既に諦め、目は素早く逃走経路を探し―― 不意に、主人の姿を見つけた。 「騙されないでっ! そこの男……そのワルドこそが本当の裏切り者っ! レコン・キスタの暗殺者よッ!!」 「ルイズ!?」 「ルイズ……!」 驚きで名を呼んだジョセフと、忌々しげに名を呼んだワルドの声が重なった。 ルイズは「部屋で待っていろ」と言うジョセフの後を追いかけたくなる衝動にかられ、危険だと判っていても爆発音のした天守へと向かってしまった。 しかし今はそれが功を奏した。 矢継ぎ早に呪文を唱えていたメイジ達が突然現れた第三者の少女の言葉に詠唱を止めたのを見て、ルイズは必死に走り出し、両腕を大きく広げてメイジ達の前に立ちはだかった。 「私はトリステイン王国ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール! あの老人は私の使い魔、ジョセフ・ジョースター! あのワルドこそがウェールズ皇太子の暗殺を謀った張本人! 賊の奸計に乗せられないで!」 息せき切って言い放つルイズの言葉が、メイジ達に戸惑いを走らせた。 「ど、どういう事だ?」 「ヴァリエール……あのヴァリエール公爵家か!?」 「私に聞かれても……!」 ルイズの言葉は効果覿面、メイジ達に動揺が巡る。 平民の言葉など斟酌する必要もないが、それがアルビオンでも知られたヴァリエール家令嬢の言葉となれば話が違う。 しかも彼女が言うには、信じ難いがあの老人が使い魔だと言う。駆けつけた中にはイーグル号に乗っていた船員もいる為、老人が使い魔だという事は真実と受け止める者も少なからずいる。 俄かに信じられる話でもないが、少女の言い分が正しいとすれば、メイジとして軽々とあの老人に手をかける訳には行かなくなった。 まして二人の貴族の言い分が真っ向から対立している今、どちらに味方すればいいか、と言う難題にすぐさま答えを出せる者がそうそういる訳でもない。「とりあえず両方殴ってそこから話を進めよう」などと思い切った大胆な思考が出るのも期待出来ない。 結果、メイジ達は如何様に動いていいか判らず、周囲の仲間達と顔を見合わせてどうするのか相談せざるを得なくなった。 ひとまずジョセフから危険が去ったのを見計らい、続けてルイズは自分に出せる精一杯の大声で叫んだ。 「ジョセフっ!! 今よ、ワルドをやっつけて!!」 言われずとも、ジョセフは既に動いていた。 同時に、ワルド達も。 だがジョセフの両眼と切っ先がワルドに向いていたのに対し、ワルドの杖は全てがジョセフに向いていなかった。一人の杖が向くその先には――ルイズ! その意味が判らないジョセフではない。 「貴様――ッ!」 ワルドの魔法を止めるには、デルフリンガーは無論、ハーミットパープルですら遠い。先ほど飛び退いたせいで、彼我の距離が10メイル弱離れていたからだ。 完成したウインドブレイクがルイズに放たれれば、ただの少女でしかないルイズは避けることすら許されず、まるで羽毛のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、転がった。 「ルイズゥゥゥーーーーーーーーーッッッ」 轟く、としか形容できないジョセフの雄叫び。 義手に刻まれたルーンが太陽にも劣らない光を放ち、デルフリンガーもルーンに負けぬほどの眩い光を放った。 (き……切れた、相棒の中でなにかが切れた……決定的ななにかが……) デルフリンガーでさえ戦慄を覚えるほどの心の高まり。 目の前で主人を傷付けられたジョセフの怒りは、並大抵のものではなかった。 ぞくり、とデルフリンガーに嫌な予感が走る。 「おい、ちょ、待て相棒! 俺は波紋やスタンドにゃ対応してな――」 それ以上デルフリンガーは言葉を続けられなかった。 一瞬でデルフリンガーを覆いつくしたハーミットパープルが、炎を吹き上げたからだ! 「うあっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」 「我が友モハメド・アヴドゥルの技ッ!!」 剣が炎を吹き上げたのを目の当たりにし、四人のワルドが身構えようとし。臨戦態勢を整えられたのは、三人だけだった。 10メイルあるはずの距離から、ワルドの目を以ってしても反応できないほどの速度で伸ばされた炎の茨が、一人のワルドを燃やし尽くしていたからだ。 「何?」 予想だに出来ない事態に、ワルド達の口からは呆けたような声しか出なかった。 「魔術赤色の波紋疾走(マジシャンズレッド・オーバードライブ)!!」 燃え上がるワルドを一顧だにせず、デルフリンガーからハーミットパープルを切り離したジョセフは――ワルド達の視界から、消えた。 一瞬の間を置いて現れたジョセフは、一体のワルドの腹に深々と剣を突き刺していた。 だが、真に驚くべきことは別にあった。 腹を突き貫かれているはずなのに、その遍在は『既に全身を突き貫かれていた』のだ。 残りのワルド達は、ジョセフの煮えたぎる溶岩のような視線でねめつけられた。 「次にお前は『馬鹿な、一体いつの間にそれだけの攻撃をした』と言う」 「馬鹿な!? 一体いつの間にそれだけの攻撃をし……はっ!?」 「我が友、ジャン=ピエール・ポルナレフの技! 針串刺しの刑ッ!!」 剣を勢いよく振り上げた風圧が、遍在の名残を掻き散らす。 ここに至ってワルドは、目の前の男が怪物以外の何物でもない事をやっと悟った。 並の手段では到底勝つどころか、自分の命さえ拾うことが出来ない――! 「こ……この、バケモノがぁーーーーーーーーーーーーっっ!!」 それでも恐慌に陥らずなおも戦闘を続行しようとしたのは、ワルドにたった一片残された貴族の矜持であったかもしれない。 それでいて勝利の為に手段を選ぶなどという悠長な考えを打ち捨てる。 残り一体だけとなった遍在のワルドは、決死の覚悟で低い体勢でジョセフに急接近すると、杖での渾身の刺突をジョセフではなく、デルフリンガーへと向けた! 真の能力を開放しているデルフリンガーはエア・ニードルの風の渦さえ吸収するが、それに構わず打ち合わせた杖を内側から外側へ、絡め取るように押し上げる形で円を描き――ジョセフの手から力ずくで剣を弾き飛ばした! 「いくら人間離れしていようが肉体は人間のそれだな、ガンダールヴ!!」 人体の構造上、関節の稼動範囲には限界がある。右手首を掌を上向けるように回し、更に外側へ向かって捻ってしまえば自然と柄を握る指の力が緩み、そこにもう一押しすれば剣を弾き飛ばすのも容易い。 だがワルドはなおも次なる手を用意していた。 剣を弾き飛ばしたワルドは、渾身の突きで崩れた体勢を立て直して杖での必殺の一撃を加える為の僅かな隙さえ、ジョセフに渡すつもりはなかった。 この抜け目の無い使い魔は、一呼吸の間を与えればそこから勝利をもぎ取る男……故に、ワルドは手段を選ばなかった。選べなかった! ワルドはそのままジョセフの腰へタックルを掛け、自らの身体そのものでジョセフの動きを封じにかかる! 「ぬうッ!?」 それを避けようとするジョセフを、ほんの、ほんの僅かな差で捕らえ……しがみ付く! 「私の勝ちだっ、ガンダールヴ!!」 後ろに飛びずさった本体のワルドは、既に魔法の詠唱を完成させようとしていた。 その魔法は、これまでのたびでジョセフに唯一にして多大なダメージを与えた、『ライトニング・クラウド』! 魔法を吸収するデルフリンガーを弾き飛ばし、再びジョセフが剣を手にするよりも早く必殺の魔法を叩き込む――ワルドがジョセフを倒す手段は、それしか存在しなかった。 その為に貴族として、スクウェアメイジとして恥ずべき泥臭い手段を用いなければならない所まで追い詰められた。 だがそれを悔い、躊躇える余裕など存在しない。 たった一体残った遍在を捨て石とし、見苦しく使い魔にしがみつく己の背も、今の彼には屈辱の具とすら成り得ない。 今のワルドにあるのは、圧倒的な怪物に全身全霊を懸けて立ち向かわねばならぬ、勝って生き延びろと生存本能に追い立てられる焦燥感、ただそれだけであった。 (――まだか! まだ完成しないのか!?) 唱え慣れたはずの魔法が、余りにも長く感じられる。 あと五節、四節、三節――! 焦りながらも、詠唱を間違える失態など犯さない。 腐り果てようとも、魔法衛士隊の隊長を務めた実力は健在だった。 使い魔は死力を尽くしてしがみ付く遍在を振り払うことも出来ず、一歩も動けないまま―― (勝った! 勝ったぞ、ガンダールヴ!!) 残り、二節! 「ライトニング――」 残り、一節! その瞬間、ジョセフを押さえ付けている遍在が消し飛んだ。 だが、あの距離では踏み込もうとする速さより、瞬きすら出来ぬほんの僅かな差で、完成した電撃がジョセフを焼き尽くす! 「クラウ――」 ジョセフは、一歩も動かなかった。動けなかった。 ワルドは……魔法を完成させることが、出来なかった。 勝負が決したその時、向かい合う二人の男からは、奇しくも左腕部が失われていた。 だが、失った理由は大きく異なる。 ワルドは、ジョセフの手によって、左腕を肘の下から吹き飛ばされた。 ジョセフは。ガンダールヴの能力で非常に強化された波紋で、自らの義手をワルドへ向けて撃ったのだ。 貫手と呼ばれる手刀の形で放たれた義手には大量の波紋が流されており、音さえ超える速度で放たれた義手がワルドの腕を切り飛ばした瞬間、その傷口から奔った波紋が彼の詠唱を止めたのだった。 それに加えて必中を期する為に義手にはハーミットパープルが絡み付き、その片端はジョセフの腕と繋がっていた。 ワルドの遍在の名残を媒介としたそれは狙いなど付ける間もないあの刹那、標的を狙い違わず打ち抜くホーミングの役割を果たすと同時に、目的を果たした義手がはるかかなたに飛んで破壊してしまうことの無い様に留める命綱の役目も果たしていた。 空中で発射の速度を殺しながら、再び義手はハーミットパープルに導かれてジョセフの左腕へ戻っていく。 思い出したように、ワルドの傷口から血が垂れ、噴出す頃、ワルドの口から奔ったのは呪文などでは、ない。 「うおぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!?」 野獣めいた、咆哮。 「腕が、腕が!? 私の、腕がああああぁぁぁぁああああ!!?」 この光景が現実でないことを確かめようと、血の迸る傷口を、左腕があるはずの場所を抑える。 しかし生まれてから共にあった左腕は、既に其処にない。 少し横を見れば、『かつて左腕であった肉体』が転がっている。 「ばっ……馬鹿な、馬鹿なあああああああ!!!!」 義手を戻し、五指が動くのを確かめたジョセフは、叫びを上げて蹲るワルドを見つつ、今頃になって額から噴出した冷や汗を右の袖で拭った。 「今のはマジで危なかったわいッ……タックルかけたのが遍在じゃなかったら、わしも死んどったぞ」 今一体何が起こったのか、改めて説明することにしよう。 剣を弾き飛ばされ、ワルドにタックルを掛けられたジョセフは、辛うじて足の裏に吸着する波紋を流し地面に足を吸い付けて転倒させられるのはこらえた。 だがもう一体のワルドが呪文を唱えているのが見え、ジョセフは息を呑んだ。忘れるはずが無い、あれこそ自分の右腕を焼いた『ライトニング・クラウド』。 今、ただデルフリンガーを自分の手から離す為だけに放たれた乾坤一擲の攻撃、形振り構わぬタックル。 その全てが、如何なる手を用いてでもジョセフを殺害する決意の表れだった。 自分にしがみ付くワルドと、飛び退いた場所から魔法を詠唱するワルド。 剣を弾き飛ばした理由を斟酌するまでも無い。攻撃手段を奪う為ではなく、防御手段を奪う為。 この状態を打破するには、手段はただ一つ。ワルドの魔法が完成する前に詠唱を妨害するしかない。 この状況で使える武器は、左右の腕に一つずつ。これだけあれば、どうにか出来る。 まずジョセフは両腕に波紋を流す。一つ目の武器、左腕の義手。これを波紋で射出してワルドに波紋を流せば魔法は止められる。狙いを付ける余裕が無いのは、ハーミットパープルで誘導をかければなんとでもなる。 そして、『右腕の武器』に波紋を流す。 右腕の武器とは……意外! それは包帯ッ! (こっちが本当の我が師にして我が母エリザベス・ジョースターの技ッ! 蛇首包帯ッ(スネークバンテージ)!!) ワルドに焼かれた右腕に巻かれた包帯、それは立派に波紋を流す武器となる。波紋で硬質化した包帯を操り、自分にしがみ付くワルドを突き刺して流した波紋で一気に遍在を吹き飛ばす! そして自由になった左腕をワルドに向け――撃ち放つ。 シュトロハイムと共に漁船に救出されて館で療養していた時、シュトロハイムが用意した数々の義手の一つにあった機能を、まさか今になって波紋で代用する破目になるとは思わなかったが。 「……我が友、ルドル・フォン・シュトロハイムの技ッ。有線式波紋ロケットパンチッ! ナチスの技術は確かに世界一だったかもしれんなッ!」 あの時は超高速で義手を発射出来る能力などいらなかったので、とりあえず丁重に辞退(ただ何故かシュトロハイムと大喧嘩する切っ掛けになった)したが、そのアイディアがジョセフの命を救ったことのは確かな事実だった。 しかもほんのコンマ数秒でもワルドに到達するのが早まるよう、指先を伸ばすことにより、長さを伸ばすと共に空気抵抗を減らした事が功を奏した。 それと同時にワルドが一つ、致命的なミスを犯していたのも幸運だった。 もし剣を弾き飛ばし、タックルを仕掛けるのが遍在でなく本体であったなら、ワルドとジョセフは今頃ライトニングクラウドで焼かれて良くて瀕死、運が悪ければ即死の憂き目にあっていたことだろう。 しかしワルドは最後の最後で、自分の命を惜しんだ。戦いの場において自らの命を惜しむ行為に走って勝てるほど、戦闘の潮流は甘くは無かったという事だ。 もし肉体を持つワルドがしがみ付いていれば、蛇頭包帯でワルドを倒したとしても、左腕を自由にし切ることが出来ず、波紋ロケットパンチはワルドの魔法を妨害できなかっただろう。 風の遍在であり、波紋で吹き飛ぶ肉体しか持っていないワルドがしがみ付いたことにより、波紋で止めを刺した瞬間にジョセフの自由が取り戻されたのだから。 様々な要因と強運、そして戦いの年季の差で勝利をもぎ取ったジョセフは一歩、また一歩、とワルドへゆっくりと近付いていく。 ルイズが吹き飛ばされてから、客観的に見れば余りに短い時間。月は僅かにもその位置から動いておらず、この戦いを見守ったメイジ達にとっては、どのような攻防があったのかさえ理解している者はいない。 もはや意味を成さない呻きしか上げられないワルドを、なおも怒りの収まらない目で見下ろす位置に立ったジョセフは、静かに言葉を紡いだ。 「今のがルイズを侮辱されたわしの分だ、ワルド」 そしてワルドの長い髪を引き千切らんばかりに無理矢理引っつかんで立ち上がらせると、空いている右腕でワルドの左頬に鉄拳を叩き込んだ。 「うげぇえええええっ」 鼻血さえ噴き出すが、いつの間にかワルドの首に絡み付いていたハーミットパープルが、倒れることさえ許さない。 「これは貴様が裏切ったわしの友人、アンリエッタ王女殿下の分!」 続いて左腕が、ワルドの顔面を歪ませた。 「これが貴様が暗殺しようとしたウェールズ皇太子の分!」 「や、やめ――」 左腕を吹き飛ばされ、二発の鉄拳を叩き込まれたワルドは既に戦意さえ喪失しているのは明白だった。 「そして今からのは全部ッ!」 そんな些細な事には構いもせず、ジョセフは両手を固く握り締め―― 「貴様に裏切られたルイズの分じゃあーーーーーーーッッッ」 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」 ジョセフの拳が目にも留まらぬ速さで連打され、その全てがワルドの身体に減り込む。 倒れることも許されない拳の嵐の中、朦朧とする事さえも許されぬ激痛の中、ワルドはガンダールヴだけではない人の姿を見た。 金髪を立てた、ゴーレムめいた容貌の軍服の男が。 奇抜なデザインの帽子を被った優男が。 艶やかな黒髪を靡かせる若い女が。 ガンダールヴに似た、黒髪黒目の青年が。 年老いたガンダールヴと共に拳を繰り出し、自分を叩きのめしているのが見えた。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」 見知らぬ人間の姿は更に増えていく。 褐色の肌をした亜人めいた風貌の奇妙な服装の男が。 見慣れぬコートらしき服を着た神経質そうな細身の青年が。 銀髪を立てた奇妙な髪型をした男が。 ――生意気そうな子犬までもが。 コートにも似た奇妙な服を着、奇妙な飾りのついた帽子を被った男が。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――ッッッ」 幾人もの人間もの拳を受け、断ち切れる寸前の意識が最後に見たのは、やはり。 忌々しい使い魔の姿だけだった。 「オラーーーーーーッッッ」 ハーミットパープルの呪縛から解き放たれた瞬間、ワルドの顔に減り込んだ拳は、決して軽くは無いワルドを容易く吹き飛ばし――固定化の魔法が厳重に掛けられた城の壁に激突したワルドの体が、壁に小さくは無い亀裂を入れた。 ボロ雑巾、という形容が可愛らしく思えるほどの惨状を晒すワルドを静かに見下ろし、ジョセフはゆっくりと指差した。 「貴様の敗因はたった一つ」 帽子を被り直し、言った。 「貴様はわしを怒らせた。ただそれだけだ」 ドーーーーーz_____ン To Be Contined →
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ルイズの朝の目覚めは酷く遅かった。 それと言うのも、昨日のホワイトスネイクの『記憶』をDISCとする能力について詳しく聞いていた所為である。 「あー、この時間じゃあ、朝ご飯には間に合わないわね」 「私ハ、何度モ警告ヲ与エタ。ソレヲ無視シタノハ、ルイズ、君ダ」 ベッドで寝覚めたルイズの隣に、ホワイトスネイクは悠然と存在している。 その事実が、ルイズに不思議な安心を与えていた。 絶対なる力が自分の管理下にある、優越感による安心。 それがあんまりにも心地良くて、遅刻しそうなっているはずが、 ルイズの口元は油断すると緩みそうであった。 「っと、いけない。授業にまで遅刻したら流石にマズいわね」 すでにホワイトスネイクによって用意されていた着替えに、袖を通し着替えを始める。 ルイズが着替えている間、ホワイトスネイクは部屋の窓を開け、右手にDISCを一枚創りだす。 その様子を、ルイズは着替えの片手間にちらりと流し見た。 昨日の夜、ホワイトスネイクは自分の能力の他に、自分がどのような存在であるかも語り始めた。 『スタンド』 傍に立つ者と言う意味を持つその単語で表すエネルギー体であると言う言葉に、最初は半信半疑であったルイズだが、ホワイトスネイクが自分の考えたままの行動をし始めてから、『スタンド』の存在を信じるようになっていた。 自分自身の命令で動く使い魔。 しかも、その命令の伝達スピードは凄まじく、まるで自分の身体のようだとルイズは思った。 まぁ、真実、自分の身体な訳だったのだが。 ともあれ、ホワイトスネイクはどんな命令であれ従うし、能力的にもルイズに不満は無い。 まさに、彼女にとってホワイトスネイクは完璧な使い魔であった。 「さてと……そろそろ行くわよ」 着替えを終え、杖を右手に持つと扉には向かわず窓際へ向かう。 窓の外は晴々とした天気で、そろそろ授業の始業時間であることを告げていたので、ルイズは溜め息を吐き、少し急ぐことにした。 「ホワイトスネイク」 「可能ダ」 考えている事を察した自分の使い魔に、頬が緩みそうになったが、それに耐え、凛とした表情でルイズは窓からその身を投げ出した。 それに従うように、ホワイトスネイクも落ちていく。 堕落の中、ホワイトスネイクがルイズの身体を左腕でルイズを抱え、右手でDISCを寮の外壁に押し付ける。簡単なブレーキと言うやつだ。 部屋の窓から身を投げて、僅かに三秒弱。 十分に減速した速度で着地したホワイトスネイクの腕の中で、ルイズは満足げに呟く。 「まぁまぁね」 それは、素直ではないルイズの最上級の褒め言葉であるが、ホワイトスネイクに褒められて嬉しいと言う感情は存在しない。 「ほら、次は教室まで急ぎなさい」 抱えていたルイズを今度は背中におんぶして、ホワイトスネイクは草原を走り出した。 「良かった……ギリギリ間に合った……」 朝食は食べ損ねたが、なんとか授業には間に合うことが出来た。 ルイズは、小さな胸をほっと撫で下ろし、適当な椅子に腰掛けた。 ホワイトスネイクはと言うと、教室前でルイズを降ろした為、彼女の後ろに立ったままだ。 「………………」 「………………」 沈黙が重たい。 急いでいた為、ルイズは気が付かなかったが、ルイズとホワイトスネイクが教室に入ってきた瞬間、今まで雑談をしていた生徒達が一斉に喋るのを止めたのだ。 彼らは皆、昨日のマリコルヌがミンチ寸前にまでされるのを見ていた。 ―――目を付けられたらどうなるか分かったものじゃない。 教室に居た生徒の大多数はそういう思考であった。 無論、大多数と言うことは、そうは思っていない者も勿論居る訳で…… 「おはよう、ルイズ」 情熱で着色したように赤い髪に、それを一層引き立たせる褐色の肌と豊満な胸を合わせもった女生徒の挨拶に、ルイズは満面の笑みで返事をした 「おはよう、キュルケ」 その微笑みに、キュルケは違和感を覚えた。 家柄同士、憎みあう仇敵である自分に微笑むこともそうであるが、それ以上に、今朝のルイズは昨日までとは何かが違った。 「なあに、今日の貴方、ずいぶんご機嫌じゃない」 「そうかしら?」 「そうよ。そんなに使い魔がきちんと召喚できたのが嬉しかったの?」 「別に、使い魔が召喚出来たのが嬉しかった訳じゃないわよ」 これは嘘。ルイズは使い魔が出てきた事に心底喜んでいた。 最も、ホワイトスネイクの能力を知った今となっては、使い魔を召喚した喜びではなく、ホワイトスネイクを召喚した喜びに摩り替わっているが。 キュルケは、そんなルイズの嘘を簡単に見抜いていた。 伊達に一年間、家の因縁とか理由を付けてストーキングをしていた訳ではない。 ルイズの陳腐な嘘など、キュルケには丸分かりなのだ。 あんな亜人でこんなに喜んでいるなら、自分の使い魔を見せたらどんな顔をするのかしら? そんな思考が、キュルケの頭を過ぎり、すぐに自分の使い魔を呼ぶ。 無論、自慢する為にだ。 「そうなの……あ、そうそう、紹介するわ。私のフレイム。 どう、この尻尾。ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ」 「ふ~ん」 大して興味の無さそうに返事するルイズに、キュルケは眉を顰めた。 予定ならばここで苦々しげな顔をして、羨ましくなんか無いと言うオーラ全開の、意地っ張ルイズを見ることが出来たのだが、ルイズはこちらに全然興味を持っていない。 「羨ましくないの?」 思わず、キュルケはそう聞き返してしまった。 ルイズの召喚した亜人なんかより、こちらの方が絶対に良い使い魔なのに。 その思考から出された言葉に、ルイズは何を言っているんだ、こいつは? と言う視線をキュルケに返す。 「なんで、私が羨ましがらないといけないのよ?」 自尊心からではなく、本当に、ルイズは不思議そうに聞き返してくる。 それにキュルケは、ホワイトスネイクに視線を向けた。 どうやら、この使い魔。見た目以上にルイズの心を掴む何かがあったらしい。 その何かが、自分のフレイムよりも優れていて、その所為でルイズが羨ましがらない。 知りたい。 ルイズが、自分の使い魔をサラマンダーよりも上位に置いているその理由を知りたいと思い、 ルイズに訊ねようとした時、丁度良く扉が開き、担当の先生が教室に入ってきた。 仕方なく、追求の手を中断するしかないことにキュルケは不満だったが、 昼食の時に聞けば良いかと、席へと戻った。 ルイズは、勤勉な生徒だ。 自身の属性が分からない為、どの属性の授業もきちんと聞き、授業態度も非常に良い。 それなのに、今日のルイズは何時もと違った。 ホワイトスネイク。彼が居る為であった。 (ちょっと! あんたの方も気合入れなさいよ!) (無茶ヲ言ウナ。本来デアルナラバ、私ノ視覚ヲ本体ガ感ジル事ハ、意図モ簡単ニ出来ル事ノハズナノダゾ) (何よ、それって私が駄目な奴って言ってるの!?) (違ウ。昨日モ、言ッタガ、『認識』ガ足リナイ。モット、当然ト、出来テ当タリ前ト思ウノダ) 昨日の夜は、一瞬しか出来なかった。視聴覚への同調。 授業時間を使って、その練習をしているルイズであったが、ぶっちゃけ、うんうんと唸って五月蝿い。 「ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズが、そんなルイズの態度に気付き、注意をしようと声を掛けたが、ルイズは気が付かない。 「ミス・ヴァリエール!!」 もう一度、今度は大きな声を出し名前を呼ぶと、ルイズはビクッと跳ねて立ち上がった。 教室中の視線が自分に集まっている事に気付き、顔を真っ赤にして座るが、シュヴルーズは、そんなルイズに前に出てくるように告げた。 「貴方が努力家であると言う事は、他の先生に聞いています。 さぁ、この石を貴方の錬金したい金属に変えてごらんなさい」 他の生徒からは止めた方が良いと野次が飛ぶが、それは、ルイズの負けん気を刺激するスパイスにしかならない。 (あんな凄い使い魔が召喚出来たのよ! 錬金なんて目じゃないわ!!) そう、なんと言っても自分の使い魔は『心』を操り『記憶』をDISCに変える使い魔。 そんな使い魔を召喚した私が、錬金程度できなくてどうする!! 心から成功を確信し、杖を振り下ろすルイズ。 結果は、全てを薙ぎ払う爆発であった。 散らかった机の破片や爆発により砕けた硝子をホワイトスネイクは器用に片付けていく。 その様子を、ルイズは椅子に座って、ぼ~と見ている。 きちんとした使い魔は召喚できた。 召喚できたのに、何故、自分の魔法は一向に成功しないのか。 ルイズは、本当に疑問に思っていた。 自分はゼロなのか? No 何故なら、自分は使い魔を召喚している。 しかも、あんなに素晴らしい力を持っている者を。 では、何故失敗するのか。 ……それはきっと……自分が悪いから? 「ソレハ違ウ」 掃除をしていたはずのホワイトスネイクが何時の間にかルイズのすぐ傍にまで接近していた。 ルイズは、掃除していない事に怒るよりも、ホワイトスネイクの言葉が耳にこびりついて離れない。 「違うって……何が違うのよ」 「ルイズ、君ガ悪イカラ、他ノ連中ノヨウナ事ガデキナイノデハナイ。 君ハ、ソウイウ役割ナノダ。兵士ニ兵士ノ役割ガアルヨウニナ」 「何よ……それって、魔法が使えないのが、私の役割だって言うの…… ふざけないで!! そんな、そんな訳無い!! 魔法が使えないのが私の役割な訳無い!!」 ルイズの怒声に、ホワイトスネイクは何も言わなかった。 世の中には、自分が役割を演じていることすら知らずに居る人間が過半数だ。 別に、彼は自分の本体に、その少数になれとは言わない。 ただ、本体が自分の役割に満足していないのであれば、その欲求を満たすのもスタンドである自分の役目。 「自分ノ役割ガ不満デ、アルナラバ、ソノ場合、話ハ簡単ダ。 欲シイ役割ヲ他人カラ奪エバイイ」 「……奪う?」 随分と物騒な単語にルイズは思わず聞き返す。 役割を奪う……一体、どういうこと? 「生物トハ『記憶』ノ集合体ダ。誰モ彼モガ、ソレヲ知ッテイナガラ『認識』シテイナイ。 マァ、ソンナコトハ、ドウデモイイ話ナノダガナ。 重要ナノハ、先モ言ッタヨウニ、生物ガ『記憶』ノ集合体デアルトコロダ。 ドンナ些細ナ事デモイイ。例エバ、トイレデ、ケツヲ拭ク時ニハ、ミシン目デ紙ヲ切ルトカ、ソンナ些細ナ事モ『記憶』ガアルカラ出来ル事ダ。 ココデ、ルイズ。君ニ質問ダ。 素晴ラシイ料理人ガ居タトシヨウ。彼ノ作ル料理ハ人々ノ舌ヲ満足サセル。 モシモ、ソノ料理人カラ、人々ヲ満足サセル料理ヲ作レル『記憶』ヲ抜イタラ、ドウナルト思ウ?」 「そんなの、作れなくなるに決まってるじゃない」 幾ら腕の良い料理人もレシピも無しには料理は作れない。 同様に、その美味しい料理を作れると言う事実を忘れているのならば、美味い料理なんて作れるはずがない。 ルイズの返答に、ホワイトスネイクは、勉強を教えた子供が、初めて自力で問題を解いた時のように満足げに頷き、そこから、さらにもう一つの問いを口にした。 「デハ、ソノ『記憶』ヲ何モ知ラナイ、何モ作レナイ人間ニ与エレバドウナル?」 先程の問題を飛躍させたものだが、簡単過ぎる問題だ。 記憶が無くなれば作れない。 ならば、記憶があれば作れるようになるに決まってるじゃないか。 「そりゃあ、美味しい料理が作れるように――――――」 答えを形にしている最中、ルイズは止まった。 1秒・・・2秒・・・3秒・・・4秒・・・5秒 きっかりと静止時間5秒を体感した後、錆びた歯車のように不自然に口が動き始める。 「まさか……うぅん、でも、そんなことって……」 うわ言のように漏れる言葉。 それは、否定できないモノを否定する言葉であり、ホワイトスネイクが告げた事が、ルイズにとって、どれだけショッキングなのか、端的に表していた。 そんなルイズの耳元へ囁くように、ホワイトスネイクは優しく語り掛ける。 「君ガ『魔法』トイウモノニ拘ッテイルノハ知ッテイル。 ドレダケ君ガ辛イカモナ。何セ、私ハ君ナンダカラナ。 ナア、ルイズ。トテモ簡単ナ事ナンダ。 君ガ、一言、私ニ命ジテクレレバ、スグニデモ、君ハ新シイ役割ガ手ニ入ル」 その囁きは悪魔の囁き。 だが、ルイズにとっては天使の福音に其の物。 目の前に渇望してやまない物を出され、それを断れる人間など、どれ程居るのだろうか。 少なくとも、ルイズはそれを断れる人間では無かった。 キュルケが、アルヴィーズの食堂で頑張って鶏肉を頬張っているルイズを見つけたのは、昼食の時間が始まってから半分程した頃だった。 パクパクと、小さな口に鶏肉を一杯に頬張っているその様子がリスのようで、下品と言うように感じないのは、ルイズの容姿の所為であろう。 ともあれ、キュルケはルイズに近づこうと足を動かし―――その場で止まった。 なんというか……血走っている。 何がと言うと、ルイズの目がである。 獲物を狙う狩猟者のように鋭い目付きで、鶏肉をがっつきながら、辺りを見回している。 そんな彼女の後ろには、ホワイトスネイクが教室の時と同じように、威圧感を撒き散らしながら存在していた。 声を掛けるのも、近づくのも躊躇われる。 そんな雰囲気を身に纏うルイズに、キュルケは首を軽く振って近づいていった。 「今朝の爆発は、また一段と凄かったわねぇ」 フランクにからかいの言葉を掛けると、ルイズは食べていた鶏肉を皿に置き、口元を拭いながら立ち上がり、自分よりも背の高いキュルケを睨み上げた。 「何、なにか反論でもあるの?」 「――――――ッ!」 反論したくても、反論できない。 何せ爆発したのは事実なのだ。幾ら言葉を用いた所で、その事実を変えることは出来ない。 苦々しげにルイズは、椅子に座り食べ掛けの鶏肉へと手を伸ばす。 キュルケは、その様子に安堵していた。 やはり、ルイズはこうでないと。 今朝のように、余裕を持った態度ではなく、何時も切羽詰り、怒っていて、それでいて、誰よりも努力を忘れない、そんなキャラクターでないと。 ―――そうじゃないと、可愛くないじゃない まぁ、普通にしている時もお人形みたいで愛らしいんだけどね、と心の中でキュルケは呟く。 ここで、彼女の名誉の為に言っておくが、キュルケは同性愛者ではなく、普通の恋愛を楽しめる、普通な少女(?)である。 ここでの、愛らしいとか、可愛らしいとかは、背伸びして頑張っていくルイズを見るうちに目覚めた、母性本能のようなものだ。 まぁ、からかって、それに対して怒っている表情を見て、可愛いとか思っている時点で、母性本能とは、少しばかり離れている感じもしなくは無いが。 とにかく、ルイズの苦悶の表情は、キュルケの母性を刺激する。 なので、今回も、もうちょっと、その顔を、出来ればもう少し、怒った感じの表情見たいなぁ、のノリで、キュルケは悪ノリして、さらにからかいの言葉を掛けようと口を開くが 彼女は知らなかった。 その一言が、自分とルイズの間に、決定的な溝を作ることを。 「まぁ、これ以上責めるのも可哀想ね。例え、使い魔を召喚出来たとしても、『ゼロ』なんだからね」 キュルケには罪は無い。 何時もと同じノリで、軽く、飽くまで軽く口から出た言葉は、何時ものようにルイズの堪忍袋の尾を刺激して…… 「ホワイトスネイク!!!」 プッツーーーーーンと、小気味良い音と共にぶち切れたのだった。 それをキュルケが避けられたのは、奇蹟だった。 突然、鼻がむず痒くなり、人前だと言うのに大きなくしゃみをしてしまった。 くしゃみの反動で下がる頭―――その頭の上、僅か数ミリの所をホワイトスネイクの右手が通り過ぎた。 「えっ?」 最初、キュルケは何をされたのか分からなかった。 ただ、目の前、もう掠っても良い所をルイズの使い魔の右手が 恐るべき速さで自分の頭があった場所を薙ぎ払っていた事だけを認識して、あれに当たっていたら、頭なんて簡単にぐしゃぐしゃになるだろうなぁと場違いな事を思い浮かべていた。 「ちっ」 初撃を外した事に対するルイズの舌打ちが耳に届いた時、キュルケはようやく正気に戻った。 懐から杖を抜き、条件反射で魔法を唱えようとしたが、それは遅きに失した行為だった。 「ぐっ!」 杖を手に掴んだ瞬間に、自らの首もホワイトスネイクに掴まれる。 キュルケは自分を見つめるルイズの氷のように冷たい視線と、慈愛を持ち合わせていないようなホワイトスネイクの体温に、この唐突に訪れた事態が、自分の死である事にようやく気が付いた。 「……あっ」 漏れた単音は、一体何を伝えたかったのか。 キュルケ自身も、それは分からなかった。 ゆっくりと流れていく世界。 一秒が一日のような濃密さの死の淵で、キュルケは自分に振り下ろされるホワイトスネイクの左手を見つめ――― 「そこまで」 止まった。 キュルケも、ルイズも、ホワイトスネイクすらも止まった。 先程のルイズの怒声で皆がルイズ達を見ていたが、 誰一人、突然の事態に対応できなかった中で、ここでようやく事態を把握した第三者が出現した。 それに全員の世界が停止したのだ。 そして、その停止した世界を作り出した少女は、無言でルイズの後ろ姿に杖を向けている。 「タ……バサ」 首を掴まれ、呼吸も儘ならないキュルケの声に唐突に現れた少女―――タバサは眉すら動かさず、ルイズに向けた杖を動かさない。 「やり過ぎ」 タバサは、何時ものように自分をからかったキュルケに対する怒りを爆発させたと思って窘めの言葉を簡潔に述べたが、ルイズの身体は動かない。 ただ、静かに、音を立てぬように歯噛みするだけだ。 「ホワイトスネイク!」 怒りも顕わに、ルイズは使い魔の名前を呼ぶと、ホワイトスネイクは一瞬にしてその姿を、この世界から消失させた。 「「!!」」 首を掴まれていたキュルケも、そしてタバサも驚愕に顔色を変える。 ルイズはそんな二人の顔を見て、僅かに気が晴れたのか、 幾分怒りを和らげた表情になっていたが、それでも回りから見れば、十分にプッツンしている表情だ。 その表情のまま、ルイズは皿に残されていた鶏肉を一気に口の中に入れてから、小人の食堂を後にする。 残されたキュルケは、タバサに助けられて立ち上がりながら、言い過ぎた自分の口を恨むしかなかった。 小人の食堂を出たルイズは、暫く無言だったが、食堂から遠ざかるにつれて口の中で何かを呟き始める。 その呟きは、食堂に居た二人の内の、良い所で邪魔をしてくれた蒼い髪をした少女への呪詛の言葉。 「あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女、あの女!!」 なんという所で邪魔をしてくれたのだ。 もう少し、後、もうほんの少しで、あの忌々しいツェルプストーの牛女を永久に黙らせて、ついでに自分の望むモノを得られたと言うのに 「先に私を侮辱したのはキュルケなのよ!! 私は侮辱した事に対する報復をしただけなのに、何故止められなければならないのよ!!」 「少シ、落ツ着クノダ。我ガ本体」 「落ち着ける訳無いでしょう!! ほんの少し、あの幼児体型が邪魔に入るのが遅かったら、今頃、私を『ゼロ』と呼んだあの女を始末していたのに!!」 「……我ガ本体ヨ。コウ、考エルノダ。 アノ女ノ無キ者トスルノハ、マダ時期デハ無カッタ……トナ」 「どういう意味よ?」 足を止め、ホワイトスネイクに疑問を投げ掛けると、昨日の夜のように、ホワイトスネイクの長く分かり難い講義が始まった。 「『運命』トハ、時ヲ戻ソウガ、加速サセヨウガ、決シテ変ワル事ハ無イ。 君ガ、アノ女ヲ殺ス事ガ出来ナカッタノモ、ソウイウ運命ダッタカラダ」 「運命?」 「ソウ、運命ダ。 ルイズ。『ナルヨウニシカナラナイ』トイウ力ニ無理に逆ラオウトスルナ。 逆ラエバ、ヤガテハソノ反動ガ君ヲ襲ウダロウ。 ダガ、逆ニ考エルノダ。運命ニ抗エバ、抗ッタ分ダケノ反動ガ来ルノデアレバ ソノ運命ニ抗ワズ、運命ニ乗ルノダ。 ソウスレバ、キット行為スル道モ開ケルダロウ」 「何よ、それ。つまり、今はまだ、私を侮辱したあの女を生かしておけって事?」 ホワイトスネイクの言葉に、ルイズは若干不満げにそう呟くが、確かに思い当たる節はある。 あの時、確実にキュルケに当たると確信していたホワイトスネイクの右手が、偶然、当たらなかった。 偶然……言い換えれば運命となるその言葉に、どうやらキュルケは守護されていたらしい。 「ソノ通リダ。ルイズ、コレカラノ君ハ、運命ノ流レヲ見極メル事ニ力ヲ入レタ方ガ良イ」 「運命の……流れね」 ルイズは顎に手を当てて熟考する。 運命。 自分の使い魔である、ホワイトスネイクは記憶を操るスタンドだ。 だが、そのホワイトスネイクですら、運命は操れないし、見ることも聞くことも出来ない。 ならば、その運命を気に掛けるのは、使い魔の主である、メイジの役目。 「分かったわよ。これからはその事を心に留めとく事にするわ」 正直な話、運命などルイズにはまったく分からないが、それでも気に掛けとくのと、まったく気にしないのでは、どちらが良いか考えるまでも無い。 「ダガナ……ルイズヨ。一ツダケ言ッテオク事ガ―――」 「おぉい! 聞いたか!? ギーシュの奴が平民とヴェストリの広場で決闘するらしいぞ!?」 「聞いた聞いた、なんでもその平民は、この間、ここに来たばかりの男らしいぞ」 「あぁ、あのデザート配ってた奴か。珍しい黒髪をしてたなぁ……顔も結構可愛かったし……」 最後に一つ。 これだけは伝えなければいけない事柄を伝える前に、ホワイトスネイクの言葉は食堂から出てきたらしい生徒達の話し声に中断を余儀なくされた。 一方、ルイズはホワイトスネイクの言葉の続きよりも、聞こえてきた言葉に聞き耳を立てるのに必死である。 「貴族と平民が決闘だなんて馬鹿じゃないの? まぁいいわ、腹の虫は治まってないし、貴族に楯突いた平民の末路でも見て、気でも晴らしましょう」 まるで何処ぞに散歩に行くような気軽さで、ルイズはヴェストリの広場へと向かうが、ホワイトスネイクはそんなルイズの後を追わずに、その後ろ姿を見ながら中断された言葉の続きを口にする。 「ドンナ運命ダロウト……ドンナ因縁ダロウト……ソイツラハ乗リ越エル。 例エ、腕ガ無クナロウガ、例エ、友ガ死ニ絶エヨウガ、奴ラハ諦メナイ。 アノ『黄金ノ精神』ヲ持ツ者達ハ。 我ガ本体、ルイズヨ。決シテ『黄金ノ精神』ヲ持ツ者ヲ敵ニ回スナ。 奴ラニハ如何ナル能力モ、如何ナル力モ、勝利スル事ハ出来ナイ」 故に……『黄金の精神』を持つ者を見つけたなら、味方にすることを考えろ。 元本体の結末を思い出しながら、ホワイトスネイクは心の中で、そう付け加えるのだった。 第一話 戻る 第三話
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ルイズの爆発魔法でワルドの首が霧散したのを確認することもせず、シルフィードは急速降下に入った。 まだ終わりではない。ワルドは確かに倒したが、ジョセフを救わなければならない。このまま放って置けばニューカッスルの岬ごとジョセフは大地に叩き付けられる。いくらジョセフと言えども、そんな事になれば生きていられるとは到底思えない。 しかもワルドを撃破したと同時に、大木のように茂っていたハーミットパープルはまるで枯れて朽ちていくように消え失せた。 メイジは精神力を使い果たしてもせいぜい気絶する程度で済む。スタンド使いが精神力を使い果たしたらどうなるのかは知らない。 かつて武器屋探しのついでにハーミットパープルを初めて見た時、ジョセフはスタンドを『魂の具現化したもの』と言った。魂を具現化させたものが枯れていくということがどういうことか――考えなくても判る。 タバサが先程張った風のドームがシルフィードの背に乗ったメイジ達をしっかりと捕らえ、空に振り落としてしまうようなことは無い。 だが、空を風竜の出せる限りの速度で『落ちる』恐怖。 「うわああああああああっっっっっ!!?」 二十世紀の地球でも、時速三百kmを超えるジェットコースターは存在しない。 噛み締めようとしても抑え切れない、腹の底から沸き起こる恐怖に耐え切れず叫んでしまうことで、ギーシュを臆病者呼ばわりすることは出来ない。 キュルケはこの高速落下の恐怖を味わう前に、精神力を使い果たしていた所にワルドを倒したのを見届けた安堵で気が緩んだことで、幸運にも気絶していた。 故に悲鳴を上げたのは、ギーシュ一人だけだった。そのギーシュも数秒も持たない内に恐怖が思考を塗り潰し、意識を手放したのだが。 ウェールズは波紋で気を失ったままで、タバサはこの程度の速度は慣れたものとばかりに力強く手綱を握り締めている。 ルイズは、叫ばなかった。それどころか、瞬き一つもしまいと見開かれた両眼で落ちていく先を見据えていた。 (――ジョセフ!) 雲の隙間を縫うように空を降り、岬から切り離された瓦礫を恐ろしいスピードで追い抜いていくのにも構わずほんの僅か前まで茨が伸びてきた元を見つめていた。 これだけの猛スピードで追いかけても、岬が落ちてからスタートを切るまでに絶望的な時間が経過しているのは理解できている。 アルビオンが何故空に浮くかは誰も知らない。ニューカッスルの岬も大陸から切り離されれば遥か下の大地目掛けて落ちていった。 しかし、城が先端に建つほどの質量と面積を持った岬は、空気抵抗を大きく受ける。それに加えて元より空に浮いていた大陸の一部だった岬は、気休め程度ながらも重力に逆らうかのように落下速度に幾らかのブレーキがかかっている。 だからこそタバサは逡巡すら惜しんでシルフィードを降下させた。 ルイズとタバサ、二人の目には光度は違えど同じ輝きが灯っていた。 その輝きは、『何としてもジョセフを救う』という意思の輝き。 今もなお左目を占めるジョセフの視界を睨みながら、ルイズは唇を噛んだ。 待っていなさいよ、ジョセフ――アンタは私の使い魔なんだからっ。 私の手の届かない場所になんか、行かせないんだから! * ワルドを撃破したジョセフの左目は、ジョセフ本人の視界に戻った。 ルイズから差し当たっての危機が去った事を把握したジョセフには、既に波紋を練れる呼吸もスタンドパワーも、何も残っていない。 ハーミットパープルを維持する事すら出来なくなったジョセフは、落下し続ける地面に力なく倒れた。 「……もうタネも仕掛けも何も無い……今度こそ本当にな……」 落ちていく岬の上に伏せるというのも奇妙な話だが、下から吹き上がる大気の奔流は巨大な岬が受け止めていた。奔流は岬の下を潜り、側面から上へと抜けている。 その為、地面に倒れたジョセフは大気の渦に捕われる事は無かったのだった。 「相棒」 まだ左手に握られたままのデルフリンガーの声に、ジョセフは掠れた声で答えた。 「……おうデルフよ……。せっかく六千年ぶりに会ったのにここでおさらばっぽいなァ……お前はもしかしたら地面に落ちても耐えられるかもしらんが、わしはちょっち自信ねェもんでな……」 こんな時でも軽口を忘れないジョセフに、デルフはからからと笑った。 「なーに、気にすんな相棒。六千年は確かに長かったが、また会えたのは確かだからよ。もうしばらくつまんねえ時間を過ごせばそのうちまた会えるってモンだろ」 「そう言って貰えりゃ気も楽ってモンじゃ……」 ごろり、と大の字に寝そべったジョセフは、無言で空を見上げた。 「あー……心残りがけっこーあるんじゃよ……わしを見取るのが喋る剣一振りっつーんがなァ……」 「なんだい俺っちだけじゃ不服なのかよ」 「そりゃーあよォ……せっかく頑張って五十年連れ添った妻とか可愛い娘とか口が悪い孫とか生意気な孫に恵まれたのに、誰にもわしが死んだって伝えられんのはなァ……」 ハルケギニアに来る前。承太郎に、帰らなければスージーには死んだと伝えろと言ってこちらに来た。あの時こそは死を覚悟していたが、魔法が実在する奇妙な世界に居着いた今では心残りも多々ある。 可愛い主人や友人達を守り切れた、その事実には満足できる。 だが、それでも。 「せめてな……わしの好きな連中にゃ、笑っててほしいんじゃ……。わしの好きな連中を悲しませる理由が、わしがいなくなったからと言うんはなァ……それは、とても――寂しいことじゃろう……」 ジョセフは、寂しげに笑う。 そんなジョセフに、デルフリンガーは聞いてみた。 「――なぁ、相棒よ。相棒は自分が死ぬのは怖くないのかい?」 力尽きたジョセフの口から漏れるのは、恐怖の叫びでも後悔の言葉でもなく。ただ、自分が遺す事になる人々を心配する言葉ばかり。 剣として、無数の戦場で無数の命の終焉を見届けてきたデルフリンガーは、ジョセフのような潔い最期を迎えようとする人間を見たことは何度かはある。 だが、その何度かの例外の他、何千倍もの末期の言葉は、死への恐怖や後悔の言葉。 圧倒的に数少ない例外の中でも、ジョセフはあまりに落ち着いていた。 これからどれだけの長い間、つまらない時間を過ごすのかは判らないが、せめて何百年かの慰みに。この誇り高くしみったれた老人の言葉を聞いてみたくなったのだった。 「そりゃ怖ェに決まっとるじゃろ」 即座に返ってきた答えに、デルフリンガーは質問したことをちょっと後悔した。 「でも今更何が出来るよ。わしゃやるだけのことはやったし……ルイズ達を救うことも出来た。やるべきことも出来なくて、ルイズ達を助けられなかったんじゃあない……そんだけ出来たらまァ、上出来ってモンじゃろうよ……」 「そうか」 しかし続けられたジョセフの言葉に、デルフリンガーは鞘口を鳴らして頷いた。 ジョセフは、一瞬だけ沈黙し。か細い声で言った。 「……わりィ、もうそろそろわし眠いんじゃ……ちょっと、ちょっと寝かせてくれ……」 「ああ、悪かったな。じゃあゆっくり、寝てくれよ」 デルフリンガーの軽口に、返事は、無い。 ――竜が、そこに辿り着いたのはそれから僅か数秒後の事だった。 * ハーミットパープルが伸びてきた先を辿るのは、難しいことではなかった。 ほんの数秒前まで雄雄しく伸びていた茨は消え去っていたものの、どこから伸びてきたかは頭に入っている。 ハルケギニアの大地さえも視界に入る中、シルフィードは岬に追い付いた。 岬の上に見えたのは、力無く地面に横たわるジョセフの姿。 シルフィードは落ち行く岬に追い付き、翼を目一杯広げてスピードを急激に殺し、地面に着陸する。 例え既に事切れているにせよ、ジョセフをこのまま岬に叩き付けさせる訳には行かない。 置いていこうとしても、ルイズが自ら駆け寄って引き摺ってでもジョセフを連れてこようとするだろう。 だからタバサは、迅速にジョセフを回収する為に魔法を唱えた。 ジョセフは随分と大柄ではあるが、トライアングルメイジのタバサが操る風を用いればさしたる苦労も無く体を持ち上げられる。 「く……」 だがたったそれだけの魔法を完成させただけで、タバサの意識は揺らぎ、僅かながらも彼女の表情を歪ませる。 しかしジョセフを無事に引き寄せることは出来た。 「ジョセフっっ!!」 自分の前にジョセフを運ばれたルイズが名を呼んでも、ジョセフは身動ぎの一つもしない。シルフィードの背に横たわったまま―― 「ジョセフ!! ジョセフ、ジョセフ!?」 何の反応も無いジョセフへ抱き付くように縋り付いたルイズが必死に名を呼んで身体を揺さぶるが、ジョセフは主人の呼び掛けに何の答えも返すことは無い。 風のロープで掴んだジョセフをルイズの元へ届けるが早いか、魔法を解いて額の汗を拭った。 「……飛んで。全速力で」 すぐさま言い放つタバサの命令に、シルフィードはきゅいきゅいきゅいとけたたましく鳴いて不満を表明する。 いくら風竜と言えども、徹夜でこき使われた挙句空中戦を繰り広げたり落ちる岬に追い付く為に無理矢理な加速をさせられたりしていれば、身体にガタも来る。 竜使いの荒い主人に使い魔が懸命に抗議するが、当の主人はにべも無く答えた。 「貴方が飛ばないと私達が死ぬ」 端的に現状を突き付ける涼やかな声に、諦める寸前の慰みにきゅいー!と声も限りに叫んで、大きく広げた翼に風を受けた。 そして、シルフィードが力の限り岬から離脱した十数秒後。 ニューカッスル岬は、ハルケギニアに激突し、大陸を大きく揺らした。 高く聳える山脈を打ち砕く爆音と、空まで巻き上がる土煙が背後に発生する一大スペクタクルにも、竜に乗った若いメイジ達が頓着することはほぼ無かった。 ウェールズとキュルケとギーシュは今だ気を失ったままだし、ルイズはそんな些事に気を取られている余裕などない。 唯一の例外が、意外にもタバサだった。 ガリアの山脈が大きく形を変えた瞬間を目撃したタバサは、雪風の二つ名を受ける平静な表情を保つ事さえ忘れて、首ばかりか身体も後ろへ捩って大きく目を見開いていた。 タバサは若いながらもこれまでに様々な経験を積んできたが、これほどまでの劇的な情景を目の当たりにしたのは初めての事だった。 (……もし、彼の力があれば……) 自分が渇望する結果に辿り着くのも、ジョセフの知謀が加われば今すぐにも成就できるかもしれない。 だが、その肝心のジョセフは主人の声に応えることもない。 普段の高慢さをかなぐり捨てて懸命にジョセフの名を呼ぶルイズの姿もまた、彼女を良く知る者達が見ればその目を疑うことだろう。 ピンクの髪を振り乱し、鳶色の両眼を見開いて、小さな手で大きな身体を揺さ振り、喉も枯れよとばかりに声を張り上げる。 「ねえっ、起きなさいよ! アンタ、私の使い魔なんでしょ!? アンタご主人様の言う事が聞けないの!?」 だがジョセフは何の反応も見せない。 ただ力なく竜の背に倒れているだけだった。 「アンタっ……バカじゃない!? 元の世界に帰らなくちゃいけないんでしょ!? 自分の家族に会わなくちゃいけないんでしょ!? こんな……こんなこと、で……!」 大きな目に、涙が溜まっていく。 「私……! ただアンタに迷惑掛けただけじゃない! たくさん助けてもらったのにっ……私は何も出来ないままで……こんな、こんなのって、ないわ!」 自分が使い魔の召喚に成功しなければこんなことにならなかった。 自分がやったことは、戦いを終えて故郷に帰るはずだった老人を無理矢理異世界に連れてきて、こき使って、殺したというだけのこと。 ルイズの頬を伝う涙は、ぽたぽたとジョセフの頬に落ちていく。 「ジョセフ……! ジョセフ、ジョセフぅっ!!」 悲しみ、怒り、憤り、不甲斐なさ。 ネガティブな感情を大量に混ぜ合わせた衝動に突き動かされ、ルイズは物言わぬジョセフの身体に縋り付いて声も限りに泣き叫んだ。 「えーと」 しばらくルイズが泣いていた所、今まで黙ったままのデルフリンガーが、かちりと鞘口を鳴らした。 「盛り上がってるトコ悪いんだけどよぉー」 普段軽口ばかり叩いてるデルフリンガーにしては珍しく、多少決まり悪げな物言い。 「相棒、生きてるぜ」 ぴたり、とルイズの泣き声が止んだ。 「マジマジ。ピンピンしてる」 ルイズはとりあえずジョセフの鼻を摘んでみた。 ふが、と眉を顰めたジョセフは顔を振って鼻から手を放させた。 「そりゃーアレだろ、立ち回りはするわ徹夜で働くわ波紋は練れないわスタンドパワーは使い果たすわで疲れて眠らない方がおかしいって話だろーよ」 首を横向けたジョセフは、気道の位置が変わったせいか小さくいびきをかき始めた。 「それにしてもアレだな。死んだように眠るってのは正にこのことだーな。確かに勘違いしちまうのはしょーがないかもしれねーが、それでもあれはないわ」 ルイズは何も言わず、ジョセフの腰に下がったままの鞘を手に取るとデルフリンガーを収めて黙らせた。 袖で涙を拭いてから、じっと自分達の様子を伺っていたタバサを見やった。 「……ユニーク」 まるで何事も無かったように呟くタバサに、ルイズの耳は真っ赤になった。 「み、みみみみみみみみみ見たの?」 「見てしまった。けれど他言する必要性はない」 普段通りに感情の見えない淡々とした口調の中に、ルイズは微かな笑みが見えたような気がした。 だがそれは自分の気のせいだ、と無理矢理自分の中で結論付けて、大きく息を吸った。 「ま、まあこれくらいで死んじゃうような使い魔じゃないとは思ってたわよ! だって私の使い魔なんですもの!」 「そう」 懸命に言い繕うルイズへ興味なさげな返事をしたタバサは、続いてウェールズに視線をやった。 「ジョセフ・ジョースターと打ち合わせていた事がある。このまま皇太子を王宮に連れて行くわけには行かない」 タバサの言葉に、ルイズは声を張り上げた。 「なんでよ! 姫様に皇太子殿下をお会いさせなきゃならないじゃない!」 「魔法衛士隊の隊長が裏切り者だった今、下手に王宮に連れて行くのは利敵行為。他に内通者がいるのは火を見るより明らか。それこそ戦争の口実を向こうに与えることになる」 至極もっともな言葉に、ぐ、と言葉に詰まるルイズをよそに、タバサは淡々と言葉を続ける。 「だから今から学院に向かう。ミスタ・オスマンに頼んで皇太子を匿ってもらう、というのが彼の考え。学院なら人目に付くこともないし警備も整っている」 そこまで言ってから、タバサは手綱を握り直して前を向く。 必要最低限の事柄を伝達すれば後は何も言わない素っ気無さに、何よ、と小さく口を尖らせるが、それ以上は何も言わない。 強い風が頬を撫でる中、ふぅ、と小さく息を吐く。 竜に乗っている六人のうち四人が意識を失っており、意識がある一人のタバサはシルフィードの手綱を握って前を見ている。 残る一人のルイズは、気持ちよさそうに熟睡しているジョセフの頬を撫でた。 「……ばっかみたい。よくよく見たら普通に寝てただけじゃない」 心配かけて、と使い魔の額を指で弾くと、ジョセフはまた少し眉を顰めて小さく首を動かした。また気道の位置が変わったせいか、いびきは止んで静かな寝息に変わる。 こんな無防備な寝顔を見ていると、とても王様を騙してメイジ達をこき使って岬を落とし、挙句の果てに皇太子殿下まで騙して無理矢理連れてきている張本人とは思えない。 思えば姫様の命を受けてからたった数日の間に色んな事があった。 アルビオンを滅ぼした裏切り者達、初恋の人の変貌と裏切りと……かつてワルドだった人間を、自分の手で倒した事。 色々姫様に伝えなければならないこともある。 それでも、今は清々しい気持ちが胸を満たしていた。 空は抜けるように青く、髪を後ろへ流す髪は心地よく涼しい。 ふと、ジョセフを見下ろす。 召喚した時からずっと被っていた帽子はなくなって、白髪が露になっている。あの薄汚れた帽子は空を落ちる中で飛ばされてしまったらしい。 「……御褒美に、新しい帽子を買ってあげなくちゃ……」 たおやかな手でジョセフの頭を撫で。とくん、と胸の中が強い鼓動を打つ。 吐息が、熱い。 唇がそう感じたと思った。 その時、ルイズは自分が何を思っているのか、自分でも理解できていなかった。 だからかもしれない。 静かに目を閉じて身を屈めたルイズの唇が、ジョセフの唇を掠めるように触れた。 時間にすれば、一秒少しのこと。 ルイズがうっすらと目を開けたその時、ジョセフの顔が占める視界に、バネでも仕込まれていたかのような勢いで身を起こし、慌てて周囲を見た。 だが今もまだ友人達は気を失ったままで、タバサは前だけを見ていた。 今の衝動的なキスを見た人間は誰もいない。 ジョセフも、やはり変わりなく規則的な寝息を立てている。 (……何) ルイズは、火が燃えているかのように思える自分の顔を両手で覆う。 (私、今、何をしたの) その中でも、唇が一番熱いように思える。 ジョセフと微かに触れたそこだけが、とても、熱く。 (何を、考えてるの) ふるふるふる、と首を振る。 (ジョセフは使い魔で……平民で……孫がいて……お父様より、年上なのよ) 最初は、契約の為のキスだった。 二回目は、錯乱した自分を落ち着かせる為の強引なキスだった。 三回目は。謎の衝動に突き動かされた、キスだった。 (そんな。そんなの、ダメよ) 否定したい。否定しなければならない。でも、否定、出来ない。 (何、何よ……どうして、こんなにドキドキするの……) 今まで生きてきた中で、これほど心臓が激しく動いたことなどない。 息苦しくて、胸が痛くなるほどの鼓動の中、ルイズは懸命に自分の中に芽生えた感情を拒否しようとする。けれど、ルイズは既に理解していた。 (――私は……ジョセフのことが―― ) 信じられないし、信じたくもない。 この気持ちが果たして本物なのか、そもそも貴族の娘である自分が抱いていいものなのかすら。今のルイズには判断し辛いものだった。 だが、それでも。 彼女を中から打ち破りそうな胸の鼓動は、確かにあって。 ジョセフ・ジョースターの体温を感じて安心している自分がいて。 ジョセフが死んだと思った時、人目も憚らず泣いた自分が、いたのだ。 小さい頃にワルドに抱き抱えられた時も、ワルドが変わってしまったのを思い知らされた時も、人ではなくなったワルドに引導を渡した時も、こんな風にはならなかった。 理性も感情も、とっくに答えを出している。 けれども、それを認めてしまうのは……使い魔だとか平民だとか老人だとか、そんなのを抜きにしても。 (――私は……ジョセフのことが――好き) ああ、と声を漏らし、両手で自分を抱いて俯いたルイズの表情は誰にも窺い知る事が出来なかった。 第二部 -風のアルビオン- 完
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■ 第一章 ├ サブ・ゼロの使い魔-1 ├ サブ・ゼロの使い魔-2 ├ サブ・ゼロの使い魔-3 ├ サブ・ゼロの使い魔-4 ├ サブ・ゼロの使い魔-5 ├ サブ・ゼロの使い魔-6 ├ サブ・ゼロの使い魔-7 ├ サブ・ゼロの使い魔-8 ├ サブ・ゼロの使い魔-9 ├ サブ・ゼロの使い魔-10 ├ サブ・ゼロの使い魔-11 ├ サブ・ゼロの使い魔-12 ├ サブ・ゼロの使い魔-13 ├ サブ・ゼロの使い魔-14 ├ サブ・ゼロの使い魔-15 ├ サブ・ゼロの使い魔-16 ├ サブ・ゼロの使い魔-17 ├ サブ・ゼロの使い魔-18 ├ サブ・ゼロの使い魔-19 ├ サブ・ゼロの使い魔-20 ├ サブ・ゼロの使い魔-21 ├ サブ・ゼロの使い魔-22 └ サブ・ゼロの使い魔-23 ■ 第二章 傅く者と裏切る者 ├ サブ・ゼロの使い魔-24 ├ サブ・ゼロの使い魔-25 ├ サブ・ゼロの使い魔-26 ├ サブ・ゼロの使い魔-27 ├ サブ・ゼロの使い魔-28 ├ サブ・ゼロの使い魔-29 ├ サブ・ゼロの使い魔-30 ├ サブ・ゼロの使い魔-31 ├ サブ・ゼロの使い魔-32 ├ サブ・ゼロの使い魔-33 ├ サブ・ゼロの使い魔-34 ├ サブ・ゼロの使い魔-35 ├ サブ・ゼロの使い魔-36 ├ サブ・ゼロの使い魔-37 ├ サブ・ゼロの使い魔-38 ├ サブ・ゼロの使い魔-39 ├ サブ・ゼロの使い魔-40 ├ サブ・ゼロの使い魔-41 ├ サブ・ゼロの使い魔-42 └ サブ・ゼロの使い魔-43 ■ 間章 貴族、平民、そして使い魔 ├ サブ・ゼロの使い魔-44 ├ サブ・ゼロの使い魔-45 ├ サブ・ゼロの使い魔-46 └ サブ・ゼロの使い魔-47 ■ 第三章 その先にあるもの ├ サブ・ゼロの使い魔-48 ├ サブ・ゼロの使い魔-49 ├ サブ・ゼロの使い魔-50 └ サブ・ゼロの使い魔-51
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その日の夜。 ルイズは悩んでいた。 風呂に行ってて部屋にいない使い魔のことで悩んでいた。 どのくらい悩んでいるかと言えば、ベッドの上であーうーと唸ったりごろごろ転がったり枕をかぶって足をジタバタさせるくらい悩んでいた。 ジョセフは有能だった。頭はよくて話し上手で強くて、波紋やハーミットパープルまで使える。使い魔としては申し分のない大当たりだった。欠点と言えば、父親よりも年上の老人で感覚の共有が出来ないくらい。 けれど有能なのも問題がある。 クラスメイトや平民の使用人から満遍無く好感を持たれているのもいいとしよう。見た目が不気味で他人から嫌悪されるよりは、笑顔を向けられる使い魔の方がいいに決まってる。 「……それにしたって限度があるわよ。最近、ジョセフに向けられる笑顔がイヤに増えてるわ。皇太子殿下や王女殿下から笑顔を向けられるのはいいのよ。それだけの働きを成し遂げられる使い魔だということだもの。 ただなんだ。ちょっと最近若い女からの笑顔がえらく増えてないかしら。 色ボケツェルプストーが色目を使うのは今に始まったことじゃあないわよ。だがだ。アルビオンから帰ってきてから色目の質が変わったのはどういうことよ。他の男どもにあんな情熱的な色目を向けていた記憶なんかないわよ。 あの黒髪のメイドもそうよ。あの決闘騒ぎでジョセフに助けてもらってからというもの、それこそ毎日擦り寄ってきてるわ……食事抜きの罰が全く効果ナシだったのも、あのメイドがいそいそと食事を運んできたからじゃない! モンモランシーだってそうよ。あのアホのギーシュとヨロシクやってるクセして、何かしら理由をつけてはジョセフに近付いて来てる様な気がするわ……。まさかギーシュからジョセフに乗り換えようとかそんなハレンチな企みがあるんじゃないでしょうね!?」 ぶつぶつぶつぶつと独り言が口から洩れていることすら気付いていない。ルイズの頭の中では洩れた思考の数倍のあらぬ考えが浮かんでは消えを繰り返していた。 どれくらいあらぬ考えかと言えば、常日頃ギーシュといちゃいちゃバカップルっぷりを見せびらかしているモンモランシーにさえ疑いの目を向けるくらいあらぬ考えだった。 「けど何が一番気に食わないって、ご主人様が側にいるのにあのジジイったらあーそりゃもう他の女が近寄って来たらデレデレ嬉しそうな顔して! アンタ孫もいる妻帯者だって言ってたんじゃないの! しかもなんだ。孫は17歳とか言ってたな。孫より年下のコドモの色香にメロメロか! どれだけ節操がないのよ! いい年してどんなに色ボケなのよ!? 首輪の綱をしっかり私が掴んでるからまだどうにかなってるけど、ちょっとでも手から離してしまったらどうなるかなんて考える前から腹立たしいわ!」 暴走したルイズの思考と、良く言えば若々しく率直に言えば子供っぽいジョセフの日頃の行いのハーモニーが、ルイズの思考を宜しくない方向へ加速させ続ける。 「――大体使い魔があんなにフラフラするかしら!? 他の使い魔はもっとほら、ご主人様好き好き好きーとかそういう感じじゃない!? なのにあのボケ犬ってば他の女にすーぐ鼻の下伸ばすのよ!?」 体の中から沸き上った激情に駆られたルイズは、両手で鷲掴みにした枕でシーツをぼふぼふぼふと乱打する。しばらくそうやっていれば当然腕が疲れるので、埃舞い散る枕をぽいと投げ捨てた。 「どういうことかしら、これは。由々しき問題だわ。 これは何が原因か。胸か。やはり胸なのか。いや待て、モンモランシーはそんなに大きくないわ。むしろ私と同じくらいだわ。胸じゃないのかしら。胸じゃないとしたら何が原因だというの。ちっとも判らないわ……」 答えの見えない思考の迷宮で彷徨うルイズの脳裏に、不意にアンリエッタの言葉が蘇った。 『――ああルイズ。ルイズ・フランソワーズ……忠誠には報いるところがなくてはならないのよ――』 その時ルイズに電流走る――! アンリエッタから与えられ、自分の指にはまっている水のルビーを見た。 アルビオンでの任務に当たった自分の忠誠に対して、こんな高価な宝物を頂いた。だが自分以上に奮闘したジョセフに対して、自分は何も与えていない。 王女殿下が臣下の忠誠に応えていると言うのに、その臣下が有能な使い魔に対して何も応えていないと言うのは、王女殿下の顔に泥を塗るような真似ではないだろうか。 「……でも、今のジョセフに何を報いたらいいのかしら」 食事は主人と同じもの。雑用もそんなに言い付けてはいないし、基本的に不自由な生活はさせていないはず。むしろジョセフが自分が待遇に関して不満を訴えたことがあるだろうか、と考えてみて、特になかったことに気が付いた。 『こんな可愛いご主人様の下で働けるんじゃ。老いぼれにゃ過ぎた幸せということじゃよ』とは言っていたが、それはそれこれはこれ。 「……ジョセフはどうにも隠し事をするタイプだから……言ってるコトが全部本当だと思うのは危険だわ……」 考えてみれば、ジョセフはちょくちょくルイズに対して嘘を言っていた。 召喚されたばかりの頃はボケ老人のフリをしていたし、アルビオンの時だって早々とワルドが裏切り者だと気付いていたのにそれを主人に告げたのは、ワルド本人が裏切りを宣言した後。 正体がバレた後もハーミットパープルを披露したのは少し時間が経ってからだった。 アルビオンの事だって、あれやこれや聞きたがるクラスメイト達を言葉巧みにはぐらかす弁舌を考えれば、果たしてジョセフはどこまで本当の事を言っていてどこまでが嘘なのか判断すらつかなくなってくる。 「あああああああ! なんで使い魔のことでこんなに悩まなくちゃいけないのよ!」 学園にいる多種多様なメイジの中で、使い魔との関係に悩むメイジはたった一人しかいないだろう。従って誰にも相談出来ない問題と言うのもルイズの焦りを加速させる。 そもそもジョースターの血統に連なる人間は危機的状況に陥った場合、親しい人間に自分の本心を隠す傾向がある。ジョセフの祖父ジョナサンも、父ジョージ二世も、母エリザベスも、娘ホリィも、孫の承太郎も、息子の仗助も。 何かしらの危機に際して立ち向かう時、危険に晒されるのは自分だけでいいと考え、親しい者には何も教えないまま……という傾向が強く見られる。 そんなジョースターの血統を色濃く受け継ぐジョセフも、魔法を持つルイズに対してはそれなりに本心を打ち明けている方だった。打ち明けている方なのだが、日頃の大嘘っぷりが信用を損なってしまうという……まあ言ってみれば自業自得と言うやつである。 「あああああ、私にもハーミットパープルさえあれば……! ジョセフの考えてることなんか全部つるっとまるっとお見通しなのに……!」 そしてまたベッドの上で仰向けになって足をじたばたさせる光景が繰り返された。 しかし、不意にルイズの足の動きがぴたりと止まる。足を止めたルイズの視線が、部屋の隅に広げられているボロ毛布に向けられていた。 (ああっ……! そうか、これよ、これだわ……!) 忠誠に報いるべき点が見つかった。 しかし本当にやっていいのかどうか。考えれば考えるほど危険なイメージが浮かばないこともない……が、その不安は指にはまったルビーを見ることで和らげる。 「……しっかりしなさい、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール……こ、これは……忠実な使い魔に対する御褒美なんだから……それ以上のことなんかないんだから……!」 はぁぁぁぁぁぁぁぁ、と波紋呼吸にも似た深呼吸をしながら、意を決してクローゼットに向かうとネグリジェを取ってベッドに戻る。そしてジョセフが戻ってこないうちに着替えてしまおうとボタンを外し、ブラウスを脱ごうと袖から腕を抜き始めたその時。 「帰ったぞー」 外でタイミング計ってたんじゃね? というくらい見事なタイミングでドアを開けて帰ってくる使い魔。 「ひ」 引き攣った悲鳴になりかけた音が口から洩れた次の瞬間、左手で素早く胸を隠し、右手で掴んだ枕を即座にジョセフ目掛けて投げ付けた。 「うお! 何すんじゃルイズ!」 「あ、あああああああんたレディの着替え中にノックもしないで入ってくるとかどういうことよ!?」 「いや待て、ちょっと前までわしに着替えさせてたじゃろ!」 「問答無用! いいって言うまで外に出てなさいよ!」 ルイズが杖を手に取ったのを見て慌てて部屋から出て行くジョセフ。 ジョセフはまたもどっぷり落ち込んで壁に凭れ掛かった。 ホリィがルイズと同じ年頃の時は、他の思春期の少女によく見られる、父親を嫌悪する様子はなかった。むしろベタベタと甘えてきたし、ジョセフもそれが当たり前だと思っていた。 十年振りに会った途端に義手の指を抜き取る、反抗期とか中二病とかそんなチャチなもんじゃないもっと恐ろしい孫は問題外として、世間並みと言える反抗期を初めて体験するジョセフには非常に辛い経験だった。 「わしが一体何かしたんか? 最近ルイズが冷たい……」 ジョセフとしては依然変わりなく小生意気で可愛い孫の世話をしているはずなのに、その孫が見せる反抗期っぷりにずっしり落ち込んでいた。 「……入ってもいいわよ」 躊躇いがちに聞こえたルイズの言葉があってから少々間を置いて、ジョセフは部屋に入る。ネグリジェ姿のルイズが、窓から差し込む月明かりに照らされていた。 ルイズはぷいと顔を背けながらも、部屋に入ったジョセフに向けてブラシを差し出す。 「……ほら、髪、梳きなさいよ」 着替えは見せないくせに髪は梳かせる不可解さにジョセフは首を傾げたが、それに言及するとまた怒鳴りそうなので、大人しくブラシを受け取って髪を梳いてやる。 艶やかな桃色のブロンドを梳き終わると、ルイズはベッドに横たわった。 机の上のランプに向かって杖を振ると、明かりが消える。持ち主の合図で付いたり消えたりする何という事はない魔法のランプだが、これでも随分と高価なものである。 窓から差し込む月明かりがほのかに部屋を照らす中、ジョセフはいつものように部屋の隅の毛布へ向かって歩いていく。 「――ねえ、ジョセフ」 髪を梳かせていた時から言うタイミングを逸し続けていたルイズだったが、喉の半ばで詰まっていた言葉をやっとの思いで吐き出した。 「どうした、ルイズ」 立ち止まって振り返るジョセフを見つめ、また喉につかえかけた言葉を懸命に続けた。 「い、いつまでも床ってのはあんまりだわ。だから、その、ベッドで寝ても……いいわ」 「は?」 思わずジョセフが聞き返した。 「か、勘違いしちゃダメよ! 床の上で寝てるのが可哀想だって思っただけなんだから! ヘ、ヘンなこととかしたら追い出すんだから!」 時折妙な行動を取りがちなルイズだが、今夜は一際奇妙だった。 相手のこれまでの行動や言動を把握して次に言うセリフの予言さえ簡単に出来てしまうジョセフでも、ルイズの次の言葉を予測するのは至難の業だった。 ベッドの端で毛布に包まって丸くなっているルイズの後頭部に向かって声をかける。 「いや、そりゃー床の上よりベッドの方がいいけどなァ。本当にいいんか?」 「いいって言ってるじゃない。何度も同じこと言わせないで」 こういう場合に遠慮しないジョセフは、それ以上は特に聞かずベッドに上がり込む。 枕が空いてるので遠慮なく頭を乗せ、ベッドが広々と空いてるので大の字に寝る。 「……寝てもいいって言ったけど。ご主人様より占有面積が多いってどういうことよ」 毛布からちょこりと頭を出し、我が物顔に寝転ぶジョセフを睨む。 「ああお構いなく」 「構うわよ! このベッドは誰のベッドだと思ってるのよ!?」 「それならそんな端っこで丸まってないでお前も遠慮なく手足を伸ばせばいいじゃろ。わしとお前の二人なら十分に大の字で乗れるぞ」 「……なら枕返しなさいよ」 「ん? んじゃこうすりゃいいんじゃないか」 ルイズが反応する間もなく、ジョセフの手がルイズを抱き抱えたかと思うとそのまま自分の横に引き寄せた。 「え?」 ルイズの頭が何かに乗せられた。普段使っている枕に比べて固くて高いが、頭の据わりはいい。 「え? え?」 頭を横に動かしてみる。 すると、ジョセフがすぐ真横にいる。 「え? え? え?」 ジョセフの腕がルイズの頭の下に、ルイズの頭がジョセフの腕の上に。 「え……えぇーっ!?」 つまり腕枕の形になっていた。 「あ、ああああああああああんたいいいいいいいいいいったいなななななななななにを」 今の自分がどんなことになっているか気付いたルイズは、間違いなく自分の顔から火が出ているとしか思えなかった。 「何って腕枕じゃが」 「いいいいいいいいいやそそそそそそそそそういうもんだいじゃああああ」 (昔はちい姉様によく添い寝してもらったけれど、それでも腕枕だなんて。それも、こんなおっきい男だなんて。いくら使い魔だからってここここここここれは) 「ふぁぁぁ」 思考が暴走しかけたルイズを引き止めたのは、暢気な欠伸だった。 ルイズに腕を貸したジョセフが早々と意識を手放そうとしているのを見て、これまでの躊躇いとか逡巡が全部無駄だったことに気付いた。 と言う訳でとりあえず。 「おふっ」 何のいわれもなく脇腹にチョップを入れられたジョセフが、ちょっと恨めしそうにルイズに視線を向けた。 「……何よ。せっかくご主人様が一緒のベッドで寝てもいいって言ってるのに特に感想もなく寝ようって言うのかしら」 「感想っつってもなー。いや、今までに比べたら随分と寝心地がいいがのォ」 「他にはないの」 「他? えーと、ご主人様の溢れる慈愛に感謝しとりますじゃとか」 「……まあいいわ」 ルイズは少しだけ口を尖らせたが、頭をもぞもぞと動かしてもっと落ち着きのある位置を模索した。 それからちょっとして、ちょうどいい角度を見つけたので本格的に頭をジョセフの腕に預けてしまう。 愛用の枕に慣れ親しんでいた感覚からすれば違和感はやはりあるが、それもそのうち慣れてしまうのだろう。 「……あふ」 ルイズの小さな欠伸が消えると、再び静寂が訪れる。 しかしジョセフは再び眠気を捕らえようとしているのに対し、ルイズは頭の中でぐるぐると益体もない思考を巡らせていた。 (……何よ。私だけが大騒ぎしてただけっていうこと? 馬鹿馬鹿しいわ) 最悪の場合、家族やアンリエッタ王女殿下にお詫びしなければならない事態も考えていた。けれどジョセフは、ルイズと同衾することは孫娘と一緒に寝ること以上でも以下でもないようだった。 (……そりゃそうよね。私は、孫よりも年下で……うん。ジョセフはお父様より年上だもの。そんなはしたないことになるワケがないじゃない。考えすぎだったのよ) けれど、それでも胸の奥をちくりと刺す様な痛みを無視できない。 それは本当に小さくて、無視しようと思えば簡単に無視できるけれど、ルイズはその痛みを無視したくなかった。 何故ならその痛みは、ルイズの中にある確かな痛みだったから。 「……ねえ、ジョセフ」 「んあ?」 少しまどろみかけていたジョセフのシャツの裾を、小さな手でちょっと握った。 「……眠るまで何かお話して」 「話か? んー、どんなのがいい」 「そうね……じゃあ、ジョセフのいた世界のおとぎ話なんか聞きたいわ」 「む、おとぎ話か。じゃあ、こんなのはどうかのう……」 昔、小さいホリィに話した記憶を思い出しながら、赤ずきんを話して聞かせる。 最初のうちは相槌も興味深げに打たれていたが、それも少しずつゆっくりとなり、少しずつあやふやになっていく。だがジョセフは、それでもおとぎ話を続けていく。 やがて安らかな寝息が立て始めたルイズは、ころり、とジョセフに向かって寝返りを打つと細い手を使い魔の胸に回した。 ジョセフは優しく目を細めると、ルイズの肩に毛布をかけてやった。 「……狼はお腹に詰め込まれた石が重くて、川で溺れてしまったんじゃ。猟師に助けられた赤ずきんとお婆さんは、三人でパンとワインをおいしく食べたそうな。めでたしめでたし……」 すう、すう、と規則的な寝息を立てるルイズを見て、ジョセフも今度こそはと目を閉じる。 やがて小さな寝息と、十分間途切れない寝息を重ねる二人を、ただ月明かりだけが照らしていた。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/734.html
ドスッ!! 「な・・・」 (くっ・・・ガキどもに紛れているとは・・・心臓をやられてしまったからリプレイできねぇ・・・ 後少し…後少しで…ボスの手がかりが掴めると言うのに・・・俺は・・・終り・・・か・・・) 死により意識が遠のく寸前、誰かの声が聞こえてきた 「まだやれるさ、アバッキオ」 「?なんでオレの名を・・・・・・・知っているんだ? ・・・あんたは・・・・!!そうだ!!あんたはッ!! あんたはオレがワイロを受け取ったせいで撃たれて殉職した・・・・・・・!! 」 「アバッキオ お前はりっぱにやったのだ。私が誇りに思うぐらいにね。そしてお前の真実に『向かおうとする意思』は あとの者たちが感じとってくれているさ 大切なのは・・・・そこなんだからな」 「・・・あぁ、だからこそ最後に俺がやるべき任務は終らせる、ムーディブルース!!」 バゴォッ!! (ボスの顔と指紋だ・・・後は・・・任せたぜブチャラティ・・・ジョ・・ル・・・・ノ) 新たな進むべき道を選択したブチャラティ達を水平線から消えるまで二人は佇んでいた。 「・・・もういいのか?アバッキオ」 「…ありがとうよ、あんたが俺を支えてくれたおかげで俺はあいつ等にボスの手がかりを渡す事ができた…」 「いや…私は何もしてないさ、私はただきっかけを与えただけに過ぎない」 「そうか・・・んじゃ行くか」 「あぁ・・・ん?何だこの鏡?」 「あん?」 突如殉職した警官の前に現れた銀鏡、それを見た瞬間俺の中で「これは…ヤバイ」とアラームがなった。 「下がれっ!!」 警官を掴み自分の後方に投げつけた瞬間、鏡は行き成り進路を変えアバッキオを飲み込むように包んでゆく。 「なっ、アバッキオ!」 「来るなっ!!あんたも巻き込まれるぞ!!…チッ、やっぱギャングだから地獄逝きだな…」 「アバッキォォオオオ!!」 そして無重力の空間かのように体の感覚がおかしくなり・・・俺の視界は闇に閉ざされた・・・ 空は晴天、風は特に無し。ピクニックにはちょうどよい天候であった。 そんな中、トリステイン魔法学院の2年生たちは各々が召喚・契約した使い魔たちを自慢しあっていた。 ……ただひとり、ルイズ・フランソワーズ(中略)・ヴァリエールを除いてだが… 少々頭が寂しくなってる頭を持つ中年の男性が本日最後の召喚儀式を行う者の名まえを読み上げた。 「ミス・ヴァリエール。召喚の儀式を」 「はい!」 はきはきとした声でピンクの髪の少女が返事をした。 その声とは正反対に周りのギャラリーとしている少年少女たちは 「おっ、とうとうゼロのルイズの番だぜ!」「また爆発だろうな…」 「せっかく召喚した使い魔をすすだらけにしたくないから下がってよっと」 「逆に考えるんだ失敗しないルイズはルイズでは無いと」 …少女は少しこめかみをピクピクさせたが、すぐ気を取り直し呪文を唱えた。 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ… 神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ 私は心より求め、訴えるわ 我が導きに…答えなさいッ!!」 ドッゴォオォォォン 「…またか…」「まぁ何時もどおりと言えばそれ以上でもそれ以下でもないな…」 「Oh,my god 僕の使い魔がすすだらけにぃぃぃいい」「もうここまで来ると…ブラボー!おお…ブラボー!!」 周りの少年少女達はルイズが魔法を使うと爆発が起こるという事を非常識を常識としていたので、 焦らず普段どおり嘲笑の言葉を次々と爆発の張本人に送っていった。 (…どうして…どうして爆発だけなのよォオオオ~~~~~~~~ッ!!) ルイズは心の中で絶叫していた。まいどまいどの事とは言え初歩の初歩であるサモン・サーヴァントにまで失敗 …成功率ほぼ100%と言われるこの呪文にまで失敗する…私は魔法が全く使えないの運命だろうか… と深淵の底まで落ち込みながら「死にたくなった。」と言う誰かの幻聴まで聞こえ出し、目の前をぼーぜんと見ていると、 ふと周りのギャラリーの「あれ…?何か煙の中にいる…?」とつぶやきが耳に入った。 爆風によって見えにくくなった視界だったが何かの影がある事に気づいたので、 目を凝視してみると段々と煙が晴れてきその影…いや人影が倒れていた。 何か卵の殻のような帽子を被っている。 煙が完全に晴れるとルイズはゆっくりとその人物に歩いて行き見下ろしてこう言った。 「あんただれ?」 「あんただれ?」 「あ・・・?・・・ここどこだ?天国・・・ってわけじゃなさそうだな」 目の前にはピンク色の髪をした少女ってかガキがいた。 周りを見渡すとローブを羽織った怪しいガキども、頭のてっぺんがつるつるな中年の男 そしてわけわからん生物…まるでナランチャがフーゴに読んでくれってねだっていたファンタジーって光景だな・・ (まぁ、フーゴが仕方なしに諦めて読もうとして「何でファンタジーって言いながらSFの本持ってくるんだよ! このど低脳がぁあああ」とプッツンしてた気もするが・・・) ガキがよく読む絵本のような光景が俺の前に広がっていた。 「質問に答えなさいよ!」 「うっせぇなぁ…ちったぁ落ち着けや、何なら茶飲むか?」 「へ…平民風情の分際で貴族にそんな物言いする気!!」 「貴族に平民だぁ?」 周りの空気と建物的にヨーロッパのどっかのド田舎って感じだと思ったが、貴族やら平民やら… 時代錯誤もここに極まりって奴だな・・・ 「ん?待てよ、何で俺生きてるんだ?」 さっき俺は死んだと思ったのに銀鏡に吸い込まれた事により生き返った…?新手のスタンド使いにしちゃ 殺意が無いうえに、何故俺を生き返らすんだ…?それとも…罠…にしてはここまで移動させる意味が無い… と俺が考えている間にピンク髪のガキは中年のおっさんの方に 「ミスタ・コルベール!」 「何だね?ミス・ヴァリエール」 「再召喚させt「ダメだ」 「・・・まさかあの平民と契やk「神聖な儀式だからやり直しは認めない」 「「・・・」」 ・・・何か知らんが口論は終ったようだ・・・ ピンク色の髪をしたガキは俺をかなり恨めしそうな目で睨んでいるが知ったこっちゃ無い。 「感謝しなさい、平民が貴族にこんなことされるなんて一生ないんだから」 そんなえらそうな態度で言われても感謝できねーっつの 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 反射的に体をねじらせピンク髪のガキのキスを避ける。 「何で逃げるのよ!」 「何でキスしようとするんだ!!」 「だってあたしが召喚した使い魔だから契約しないといけないんじゃない!!」 「あん?って事はお前が俺を呼び出したって事か?」 「そうよ!!だからおとなしk「分かった」 「聞き分けいいわね・・・んじゃ「何を言ってるんだ、俺は帰らせてもらうぜ」 「な・・・何で平民の分際で逆らうのよ、第一どうやって帰るのよ!!」 「こうやるんだよ、ムーディブルース!」 アバッキオは構わず自分の分身でルイズをリプレイし始めた。 「な・・・何よこれ!何で私がいるのよ!!説明しなさいよ!!理解不能!理解不能!!」 「説明する気はない、これでさっき俺を呼んだ鏡が出たらそこに飛び込む・・・それだけだ」 周りは突如二人に増えたルイズが居る事が理解できずに沈黙かルイズと同じように理解不能!理解不能!!と叫んでいる。 しかしコピールイズは構わず詠唱する。・・・だがアバッキオは一つのミスを犯していた。それは・・・ 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ… 神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ 私は心より求め、訴えるわ 我が導きに…答えなさいッ!!」 ドッゴォオォォォン ルイズが呪文を唱えると必ず爆発すると言う重大な欠点がある事を知らなかった・・・。 「なぁあああにぃいいいいい!!」 何の脈絡も無い爆発に思わずどこぞの吸血鬼のような発言をしてしまい、爆風に吹き飛ばされてしまった。 (ちっ、まさか爆発するとは、だが早くあの鏡に飛び込まなくてはブチャラティ達に追いつけなくなる。 何で生き返ったかはまだ理解できねぇが…戻ってから考えるか・・・) 速やかに脱出しようとしたが、後鏡まで1mと言う時点で何かが悲鳴をあげながら鏡からアバッキオ目掛けて飛んできた。 「どわぁああああ」 「チッ」 何とかジャンプに成功し、鏡から出た何かをかわし鏡に飛び込んだ・・・と思ったら もう・・・鏡は消えていた。 「クソッ、何だ今出たのは…」 振り返ると…青と白のパーカーを着たアジア系のガキ?がヘッドスライディングしてる…? 何か関わりたくないが一応起こすか、茶で気つけしてやりたいがここだとさすがに作るのはまずい。 本当ならケリ入れたいが・・・平手打ちで起こすか… 「お~ぃ起きろ~」ペシペシ 「うぅ・・・ん?ここどこだ?」 「ん~…一応あいつらの会話聞く限りトリスティンって所らしいが…ところでお前の名前は?」 「あっ、俺の名前は才人、平賀才人って言います」 あぁ、またここに被害者が追加されるとは何て運命・・・ マルコリヌ 2回目の爆発時にキュルケに盾代わりに使われ重傷 再起可能 ギーシュ 2回目の爆発時に気絶したモンモラシーを人工呼吸と言う名目で服を脱がそうとした所で モンモラシーの目が覚め袋叩きにされ重傷 再起可能 To Be Continued →...
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タルブを後にし、『燃える水』がある村へ向かうシルフィードの背に、ルイズは乗っていなかった。 「体調が悪いからゼロ戦を運ぶ竜騎士に連れて帰ってもらう」と言ったルイズの言葉にジョセフは嘘を感じ取ったが、あえてそれに深く突っ込もうとはしない。前日の草原でコルベールから告げられた言葉は、彼女に少なからぬショックを与えていたことを知っているからだ。 「……あんまり無理しちゃいかんぞ」 そう言って頭を撫でるジョセフから、ルイズは黙って俯くことで自分の表情を隠す。 結局ルイズは一足先に学院へ帰り、ジョセフ達はゲルマニアへ向かうこととなった。 目的地の村では『燃える水』は実に豊富な湧出量を誇っていた。しかし燃料としては少々燃え過ぎるのが難点の為、あまり需要はないと村人は言っていた。 その為、樽十本分もの『燃える水』を驚くほどの安価で買えたのは僥倖だった。 ロープで繋いだ樽をレビテーションで浮かせ、シルフィードに引かせて学院に帰った頃にはそろそろ日も暮れようとしていた。 早速『燃える水』を媒介としたガソリンの錬金に挑戦するコルベールをよそに、他の面々は旅の疲れを落とすべく大浴場へ向かう。浴場に行けないウェールズは、ジョセフに湯を張ったタライとタオルを塔に運んでもらっている。 ジョセフは平民用の蒸し風呂へ向かう前に、のんびりした足取りで部屋へと帰っていく。 ドアをノックもせずに遠慮なく開けると、部屋の中に主の姿はない。 「……ふぅむ。まあそうだろな」 予想の出来ていた光景に頬をかきつつ、沈み行く日の光を頼りに勉強机へ歩いていく。 そこには旅に出る前にはなかった封筒がある。ヴァリエール家の家紋が描かれたそれを開けると、中から一枚の便箋が落ちた。 その便箋には、非常に簡潔な言葉だけが書かれていた。 『使い魔クビ。早く帰れ』 内容を一読してからもう一度愉快げに音読し、けらけらと笑い声を上げる。 「全く……」 一頻り笑った後、小さく溜息を付いた。 タルブで別れた時に、ルイズが何を考えていたかなど手に取るように判る。 五日後に帰ることが出来るなら帰してあげたい、けれど一緒にいればその決意が揺らいでしまうかもしれない。だから自分は日蝕が終わるまで帰ってこない。そうすれば使い魔は勝手に帰るだろう、と。 「……ルイズよォ、わしにはハーミットパープルがあるんだぞ。ちょっと頑張ればすぐに見つかるんじゃ」 誰に聞かせるでもない独り言を言いながら、便箋をもう一度封筒に入れて元の場所に戻す。 そしてタオルを手に蒸し風呂で汗を流し、すっかり暗くなった頃にウェールズの部屋へ足を向けた。 「やあ、ごゆっくりだねジョジョ。ミス・ヴァリエールはどうしたんだね?」 ドアを開けたジョセフに、ギーシュが声を掛けてくる。今夜部屋に来たのはジョセフが最後だったようで、他のメンバーはルイズ以外全員揃っていた。 「ああ、その件についてちょいとわしから話があってな」 別段深刻でもない声に、黒い琥珀に記憶されている面々はせいぜい主人がまた何かしらかんしゃくを起こしたのだろう、とアタリをつけた。 「わし、使い魔クビになったんで故郷に帰ることになった」 あまりにもあっけらかんと言い放たれたので、言葉の意味を完全に理解するのに全員数秒の時間を要した。 僅かに訪れた沈黙の後、キュルケはワイングラスを小さく唇に傾けて、たおやかな笑みを浮かべる。 「……ごめんなさいね、私何かヘンな言葉を聞いたようだけど。疲れてるのかしら。もう一度、ゆっくりと仰ってくれないかしらミスタ・ジョースター?」 「あー。わし、ルイズから使い魔クビになっちまったんで、いい機会だから故郷に帰ることにしたんじゃよ。具体的に言うと、四日後辺り? 多分それまでルイズは帰ってこないんじゃないかなァ」 これ以上ないほどあっさり紡がれる言葉に、今度こそその場にいる全員の目が一斉にジョセフへ向けられる。 まだジョセフの言葉に真偽を付けかねる中、最初に口火を切ったのはギーシュだった。 「……それは性質の悪い冗談、というワケではないんだね、ジョジョ?」 「冗談でこんなコト言ったらお前らが怒るのくらいは知っとるよ」 「ダーリン、今度は何やらかしたの? 何なら私達がルイズに取り成してあげるわよ」 「どうしてわしがなんかやらかしたのが前提なんか判らんが、まー……あれよ、今回はやむにやまれん事情っつーのがあってな? お互い合意の上なんで心配はしてくれんでもだいじょーぶぢゃ」 「ふむ……それは残念だ、ミスタ・ジョースター。しかし……本当にいいのかい?」 ウェールズの疑問は、その場にいる全員の疑問だった。 ジョセフがルイズを猫可愛がりしているのは何度もこの目で見ているし、ルイズも憎まれ口はきいていても悪い気はしていないのも明らかだ。詰まる話、相性が悪いわけではない。むしろ良好な関係だと言っていい。 だがもっと根本的な疑問がある。メイジと契約した使い魔がどこかに去ってしまうなどということは、この場にいる全員が聞いた事が無い。そもそもジョセフが召喚されてからハルケギニア貴族の常識を覆す出来事ばかりではあったが、それにしても極め付けである。 タルブの草原でコルベールがルイズ達に告げた考えに、メイジ達が至るには然程の時間を必要としない。 名門公爵家の生まれなのに魔法を使えず、ゼロと呼ばれて蔑まれたルイズを再びゼロに戻すばかりか、使い魔が不在というメイジとして致命的な欠陥を持つことになる。 それについては、昨日コルベールから受けた説明で理解している。ジョセフは、ほんの少し寂しげな表情を浮かべた。 召喚されてから今まで見たことのない類の表情に、(ああ、こんな顔も出来たんだ)と誰かが思ったとしても不自然ではなかった。 「この機会を逃したらあと十年は帰れんらしい。それにわしの主人がそうすると決めたんでな。なら、わしもその心配りを黙って受け取るべきだと思うんじゃよ」 老人の割には軽薄な雰囲気を色濃く漂わせるジョセフが、年相応の穏やかな口調で喋る言葉に、友人達は彼の決意の程を感じ取った。例え女王の言葉であっても考えを曲げることは出来ない、という確信があった。 もし彼の意志を曲げることが出来るとすれば、主人であり可愛い孫娘であるルイズしかいない。だがそのルイズがこの場にいない以上、ジョセフがここを去るのは変え様がないという結論に達するのは、当然の結果とも言える。 室内に訪れた気まずい沈黙を破ったのは、切なげに視線を俯かせたギーシュだった。 「そうか……。せっかく仲良くなれたというのに、本当に残念だよジョジョ。だが使い魔をクビになったとしても、また会えないことはないはずだ。今度の夏休みにでも会いに行こうと思うんだが、君は何処に帰るんだね?」 社交辞令にも似た何気ない問い掛けだが、ジョセフはほんの一瞬だけ、どう答えるべきか悩んで視線を宙に彷徨わせた。 「あー……まあどうせ隠さなくちゃならんコトでもないから、もうぶっちゃけちまうか。実はわし、ここじゃない別の世界から召喚されちまっててなー。帰れるチャンスは四日後しかなくて、それを逃したら次は十年後っつーワケなんじゃ」 次から次へと繰り出される爆弾発言のラッシュは、メイジ達の常識を粉微塵に粉砕するには破壊力が大きすぎた。息をするように嘘を吐けるジョセフだが、ここで嘘を言うメリットはさしてないはずだった。 ここでそんな嘘を言う理由は「二度と魔法学院の連中と会う気が無いという意思表示」か、さもなくば「どうしても故郷をひた隠しにしなければならない事情」があるか。 前者だとすれば、そもそもこの夕食の場に来る意味もない。四日ほど姿をくらまして、そのまま帰ればいいだけの話だ。とすれば考えられるのは後者だが、ジョセフの故郷がスタンド能力を持つ者ばかりというのなら、確かに隠さなければならない。 系統魔法とは異なる先住魔法の使い手ばかりとなれば、故郷を知られるということは故郷を討伐するべく軍勢が送り込まれるのは火を見るよりも明らかだ。 だが、そうだとすれば召喚された直後の奇行と称していい無知な様子に説明が付けられない。多種多様な悪知恵が働くくせに、魔法やメイジに関しての知識が完全に欠落していた。 そこから導き出される答えは、ジョセフの発言は嘘ではない、と言うことだ。 「……ちょっと待ってくれ、ジョジョ。だが、そうなると別れてしまえば本当に二度と会えないじゃないか! いきなりそんなことを親友たる僕達に言うだなんて……!」 普段のキザったらしい口調を忘れ、年頃の少年に似つかわしい感情を隠さず張り上げた声に、それまで無言を貫いていたタバサがそっと手を挙げ、ギーシュの言葉を制した。 「二人が出した答えに私達が口を挟むべきではない。このステーキの鉄板が冷めてしまったとしても、ジョセフが翻意するとは到底思えない」 「だが、それにしたって!」 「はいはい、ミスタ・グラモン。ショックなのは判るけど、タバサの言う通りよ。ここで私達が一斉に力ずくで止めればどうとでもなるけれど……それはダーリンにとっていいことなんかじゃあないわよね。ダーリンが故郷に帰ると言うのなら、友人達が最後にどうすればいいか。 貴方も、ダーリンをジョジョと呼ぶのなら……ジョジョ本人の意思を尊重すべきじゃないかしら?」 穏やかに諭すキュルケに、ギーシュはそっと唇を噛んだ。 「判ってる……判ってるよ、ミス・ツェルプストー。だが、ジョジョは……僕にとって、かけがえのない……親友なんだ……」 それだけ言って、力なく目を伏せる。 ふと訪れた数秒の沈黙に、ジョセフはいつも通りの軽い声と共に手を二つ叩いた。 「ほらほら、辛気臭いのはそのくらいにしちまおう。ギーシュがわしを親友と思っているのと同じくらい、わしはお前達を大切な親友だと思っとる。一緒にいた時間こそは短いかもしらんが、お前達と会えて本当に良かった」 同じテーブルに付く一同を見回すと、沈んだ雰囲気を変えるように普段と変わらない明るい声を上げた。 「さァ! あと四日しかないと考えちゃいかん! 逆に考えろ、あと四日もあるってな! 四日もありゃ別れを惜しむにゃ十分すぎる時間がある! ほらほら、もうスープが冷めちまったぞ、これ以上メシが冷めたら勿体無いじゃろ?」 ジョセフの言う通り、テーブルに並んだ皿から立ち上る湯気は目に見えて消えていた。 * 次の日の朝、ジョセフはアウストリの広場に置かれたゼロ戦のチェックに勤しんでいた。 ハーミットパープルを機体に這わせながらコクピットに腰掛けて、操縦桿を握り、各部スイッチを押していく。 どこも問題ない稼動をし、修理しなければならない所も特にない。後はガソリンを入れればこの機体は自由に空を駆ってくれるだろう。 うむ、と満足げに笑ってから、コクピットの後部に備え付けられた通信機を取り外しにかかる。そうでないとただでさえ大柄な身体のジョセフには狭っ苦しくてしょうがない。 どうせハルケギニアにはこの通信機を使う相手もいないのだから、コルベールに渡せばこれを分解して内部構造を理解することで、また何かしらの新しい発明の助けになるはずだ。 取り外した通信機をコクピットから降ろすと、ゼロ戦に立てかけてあったデルフリンガーが暇そうに声を掛けてきた。 「しっかし相棒よ、コレがマジで飛ぶんかね」 「飛ぶ飛ぶ。だが不思議なことがあってな」 「なんだね不思議なことって」 「コイツが飛ぶ理由ってのは、まあ掻い摘んで話せば翼に大量の風を受けることで発生する揚力で空を飛ぶって建前なんだが」 「ふんふん」 「実はその理屈だけだとこんなでっかくて重いブツが飛ぶだけのパワーは発生せんのだ」 「じゃあ飛ばないんじゃないかよ」 「でも何故かは知らんが飛んどるんだよなぁ」 「なんでそうなるのか理屈も判らんような得体の知れない代物を使ってるのかよ、相棒の世界じゃ」 「そんなこと言ったら魔法だってよく判らん理屈だろ。錬金なんか明らかに質量保存の法則余裕無視しとるじゃないか。どうして薔薇の花びら一枚に魔法かけたら青銅のゴーレムが出来るんじゃ」 「相棒の世界にだってスタンドがあるんだからおあいこじゃね?」 「それもそうか」 飛行機が飛ぶ正確な理由を考察する前に、この話題に飽きた使い魔と剣はあっさりと休戦協定を結んでいた。 「それにそんなこたぁどうでもいいんだよ。お前さん、貴族の娘っ子はどうするんだね」 暢気にテレビを見ていたらヨダレ垂らした牛が映った時のような顔をして、ジョセフは横目でデルフリンガーを睨む。 「……お前、わしにどうしても答えを言わせる気か」 「ああ言わせたいね。貴族の娘っ子も大概強情っばりだが、相棒も負けず劣らずってヤツだ。やっぱりなんのかの言ってメイジが呼び出す使い魔は似た者が召喚されるんだねェ」 ケケケ、と意地悪く笑い声を上げるデルフリンガーに波紋蹴りを叩き込んだ。 「ぐぉ! だから俺っちは波紋とスタンドには対応してないって言ってるだろ! いい加減に覚えろ耄碌ジジイ!」 「やかましいッ!」 口をへの字に結んだまま、デルフリンガーを鞘に収めると有無を言わさず波紋入りハーミットパープルで縛り付けて勝手に顔を出せないようにした。 「帰れるんなら帰るがな。だがそれでも、関わっちまったのに放って帰ってメデタシメデタシで終わらせるワケにもいかんだろ……」 はぁ、と溜息をつくと、通信機を肩に担いでコルベールの研究室へと歩き出した。 * 所変わって、トリステイン王宮。 アンリエッタの居室にルイズはいた。 ジョセフ宛の手紙を書いた後、馬を飛ばしたルイズが向かったのはアンリエッタのいる王城だった。 今実家に帰れば、両親や下の姉のカトレアに何があったのかを聞かれることになる。遅かれ早かれ、洗いざらいありのままを語らされてしまうだろう。 そうなれば、学校を勝手に休んで実家に帰ってきたのをこっぴどく叱られるだけではなく、下手すればせっかく元の世界に帰す目処が付いたジョセフをありとあらゆる手段で押さえ付けてくるだろう。 トリステインどころかハルケギニアに並ぶ者無しのスクウェアメイジである母にかかれば、ジョセフでも太刀打ち出来る光景が全く想像出来ない。 かと言って学院にいれば、自分でも何をするものか判ったものではない。しかし他に行く当てがある訳でもない。 消去法的に、ルイズはアンリエッタのいる王城へ向かわざるを得なかったのであった。 だが一週間後に望まぬ政略結婚を迎えようとしている幼馴染は、まるで処刑の日を待つ死刑囚のように表情と感情を失っていた。 突然やってきて面会を願ったルイズに少しばかりの笑みを見せはしたものの、それだけだった。 四日ばかり滞在させてほしい、と言う幼馴染に、アンリエッタは適当な客間を用意した。 「ごめんなさいね、ルイズ・フランソワーズ。これからドレスの仮縫いをしなければいけないの」 形だけの笑みを向けられたルイズは、知らず知らず彼女から目を背けていた。 『ああ、私のルイズ。いつになったら、私はこの鳥篭から出られるのかしら』 そんな言葉を、笑っていない笑顔から読み取ってしまったから。 アンリエッタ本人がそう言った訳ではない。王女本人が、そんな意思をルイズへ伝える意思があったかどうかさえ確かではない。 しかし、ルイズ自身はそう感じてしまった。 それは幼馴染の内心を感じ取ったのかもしれない。勝手に幼馴染の内心を思い浮かべただけかもしれない。 だがルイズは、虚ろな笑みに応える術を何一つ持っていない。 魔法も使えず、使い魔もいない自分には何も出来ないという事は、他ならぬ自分自身が一番良く理解しているからだった。 To Be Contined → 戻る
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戦いの決着が付いてから数秒が経って、やっとメイジ達は正気に戻った。 トリステインの魔法衛士隊の隊長を務めるスクウェアメイジが、四体の遍在を駆使してなお惨敗と言う言葉さえ生ぬるい敗北を喫したのを目撃したばかりでなく、それを成し遂げたのが杖の一つも持たないただの平民の老人であるという事実を受け止めきれない者も少なくない。 しかしそれでも、アルビオン王国有数の精鋭であるメイジ達は、一斉にジョセフへと杖を向けた。 この状況で真実が把握できない以上、騒動の中心にいた者達をまとめて捕縛するのは至極真っ当な思考であるからだ。 ジョセフもまた、それを理解しているからこそ。「うぉーい! 俺の! 俺の見せ場が!」と騒ぎ立てているデルフリンガーを取りにいく素振りすら見せず、悠然と両手を挙げているだけだった。 「夜分お騒がせして申し訳ない、ニューカッスルの皆様方よ! 事情はわしではなく、わしの主人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが説明する! すまんが誰か主人を介抱してくれんか!」 抵抗の意思はないと判断した数人のメイジが、ルイズに駆け寄り応急手当てを開始する。 ウインドブレイクで吹き飛ばされて地面を転がされたルイズだったが、気は失っているが特に重傷を負ったというわけではないようで、メイジ達の様子に切羽詰ったものがないのが見える。 ジョセフは安堵の息をついて、警戒を弱めず自分に近付くメイジ達を眺めていたその時。 「待て! 彼らの身柄は私が預かろう!」 中庭に響く凛とした声に、その場にいた全員の目がそちらに向いた。 そこに現れたのは、ウェールズ皇太子と、キュルケ、タバサ、ギーシュ達だった。 この場で最も地位の高い王子の言葉に、メイジ達にざわめきが広がる。 「お待ち下さいウェールズ様! まだどのような事情があるのか把握できておりませぬ! ここは我々が――!」 一人のメイジの言葉にも、ウェールズは平素の悠然とした笑みを崩さずに言った。 「実は少し前にここに着いていたのでね、ヴァリエール嬢が貴君らの前に立ちはだかった直後から今までを見せてもらった。あの一連の光景を見て事情を察するべきではないかな、高貴なるアルビオン王家に仕える者としては」 にこやかに言うウェールズに、部下達はそれ以上食い下がることは出来なかった。 自分に反論がないのを見届けると、纏っていたマントを翻し、高らかに宣言した。 「彼らの身柄はこのウェールズが預かる! 貴族の風上にも置けぬこの裏切り者を捕縛し、地下牢に放り込んでおけ!」 ワルドを捕らえる様部下に命じてから、ジョセフへと鷹揚に近付いていく。キュルケ達も、メイジ達の視線を受けながら三者三様の様子でウェールズの後ろを付いていく。 「いや、すごい戦いだった。君のような戦士がもう少し早くアルビオンに来てくれれば……というのは、ただの願望だね」 警戒を全く見せず、平素の表情を見せるウェールズに、ジョセフはほんの少しの苦笑を浮かべて言葉を返す。 「宜しいのですかな、殿下。私がもし殿下を狙う暗殺者であったなら、最早この時点で殿下のお命は……」 「本当に私を殺す気がある者は、私にその様な忠告などしてくれないものだ。それに御老人にはいい主人といい友人がおられる。あの爆発音が聞こえて泡を食ってここに駆けつける最中、君の三人の友人達が懸命に事情を説明してくれた。 それを信じられぬほど、私の心は曇っていないつもりだが。それにあの貴族の鑑たるヴァリエール嬢を片や傷付け、片や傷付けられ憤る。どちらに義があるか、という話だ」 「聡明な判断に舌を巻くばかりですな。多少無警戒かと思いますが、こちらとしては都合がよいことでして」 それからジョセフは、ウェールズの後ろにいる三人の友人達に、普段と変わらない笑みを見せた。 「すまんな三人とも。王子様にあの部屋にいてもらうワケにゃーいかんかったので、ちょいとウソをついちまった」 その言葉に、不服そうな顔をしたのはギーシュだけだった。キュルケはいつも通りにあっけらかんと笑ってジョセフに答える。 「いいのよ、ダーリンが何かやろうと仕組んでる時の顔くらいもう判るわ。とりあえずルイズを起こしてあげなくちゃならないんじゃない?」 ジョセフ的にはチラ見程度のつもりだったが、周囲には気になって気になって仕方ありません以外の何物でもない視線の向け様で気絶したままのルイズを見ていた。 「おう、んじゃ行って来る」 さっとルイズへ小走りに向かうとメイジ達からルイズを受け取り、緩やかに波紋を流す。 僅かな間を置いて、小さな寝息のような声を立ててルイズの目が開いた。 まだ夢に片足入れているような表情で、自分を抱いているジョセフを見上げ。何かを言おうと口を動かそうとするが、何を言っていいのか判らず、困ったような悲しい顔で、それでも何かを言おうとするルイズの頭をそっと胸に抱いた。 「いいんじゃ、いいんじゃよ。今は何も言わんでいい。わしが守ってやるからな……」 「…………!」 平素の彼女なら、貴族の誇りや意地っ張りが邪魔してジョセフの脇腹にチョップを入れて適当に悪態を付いてジョセフの腕から離れていただろう。 だが、幼い時からの憧れであり婚約者であったワルドが醜い裏切り者で、何の躊躇もなく自分を殺そうとした殺人者で。 ルイズを守護し庇護するジョセフに縋り付いて、沸き上がる感情のままに泣き出さなかったのは、せめてもの彼女のプライドだった。 しかし、使い魔のシャツがたわむくらい強くつかんで、頭を強く胸に擦り付けることで、泣き出しそうになるのを懸命に食い止めていた。 その姿を見下ろすジョセフが何の思いも抱かない訳がない。 高慢でプライドばっかり高くて小生意気な主人が、人目があるこの状況で自分に縋り付いて感情を爆発させるのを堪えている。 この引き金を引いたのはワルドだ。だがそのワルドに引き金を引かせるべく銃を渡した張本人……レコン・キスタに、ジョセフの怒りが向けられないはずはない。 ピンクのブロンドの上から子供をあやすように背中を軽く叩いてやりながら、地面に落ちたデルフリンガーに歩いていって鞘に収めると、律儀に自分達を待っていたウェールズ達の元へと歩いていく。 その僅かな歩みのうちで、ジョセフはこれからの計画を全て築き上げていた。 「それにしても」 ウェールズは普段の朗らかな笑みの中に、少なからぬ自嘲の色を滲ませて呟く。 「それにしても、レコン・キスタは……よもや誉れ高きトリステイン王国のグリフォン隊隊長まで手中に収めるとは。なるほど、これでは我がアルビオン王国もあれほどまで容易く滅びに進まされた訳だ」 重いため息をついて双月を見上げるウェールズに、ジョセフは緩く首を振った。 「向こうの手練手管に絡め取られたのは事実、じゃがこのまま手をこまねいとれば、トリステインも二の舞を踏むことは判り切っておる。幸い、まだアルビオン王国に時間は残されておる。 アルビオン王家の滅亡を止める事は最早出来んじゃろーがッ。一つ、この老いぼれの戯言を聞いてみる気はありませんかな、殿下?」 ルイズを腕に抱いたまま、帽子の下からニヤリと笑った顔をウェールズに向けた。 明日には亡くなる国とは言え、ウェールズはれっきとした王家の皇太子である。ここで平民の老人の戯言など聞く道理などない。が、アンリエッタのいるトリステインの話を持ち出されれば話は違う。 「いいだろう、スヴェルの月夜だと言うのに随分と騒がしく眠気も覚めてしまった。一つ、夜話ついでに聞かせてもらえないだろうか」 ウェールズの興味を引いた時点で、ジョセフの計画は成ったも当然だった。 口の端を不敵に吊り上げたまま、ジョセフは友人達へ視線をやった。 「それでは、わしの主人と友人達にも同席をお許し頂きたいんですが構いませんかな?」 「ああ、大歓迎だ。それでは……ホールに行くとしよう。私の部屋は客人をもてなせる部屋ではなくなったようだからね」 苦笑を浮かべるウェールズに、ジョセフはいつも通りの悪戯めいた笑みを見せる。 「宝石箱だけはわしの部屋に何故か避難しておりました。何とも不思議なことですな」 その言葉に、一瞬ウェールズのみならずルイズ達も動きを止めた。 「アっ……アンタ何してくれてるのよぉーっ!!」 腕の中から上がったキンキン声に、ジョセフも思わずのけぞった。 王子の部屋に忍び込んで殺傷能力の高い爆弾を仕掛け、ついでに宝物を拝借する平民。何の情状酌量もなく即刻手打ちになって然るべき大罪である。 しかしウェールズはたまらず笑みを零し、それから弾ける様な大きな笑い声を上げた。 「全く! 出会ってからこの方一本取られてばかりだ! しかも私の命を救い裏切り者を誅しただけでなく、私の大切なものまで守ってくれるとは!」 こみ上げる笑いを堪え切れないまま、ウェールズはルイズに向き直った。 「ミス・ヴァリエール」 「は、はい!!?」 思わず声を裏返らせてジョセフの腕の中で固まるルイズに、皇太子は愉快さを隠しもせずに言った。 「君の使い魔殿は全く以って痛快だな! 羨ましさばかりが先に立つ、大切にすべきだ!」 「言われなくてもご覧の通り、とっくにダーリンにメロメロですわよ殿下」 その様子をチェシャ猫の様な楽しがるだけの笑みで口元に手を当てるキュルケの言葉に、ルイズが毅然と反論を試みた。 「ななななな何をねねねねねね捏造ししししししてくれてるのかしら!」 「君はとりあえず落ち着くべきだ」 この騒ぎも何処吹く風で読書を続けるタバサの横で、見かねたギーシュが呆れ顔でツッコミを入れた。 そのままの賑やかさを維持したまま、つい数時間前まで華やかなパーティが行われていた大広間に到着する。パーティの片鱗すら感じさせぬほど整然と片付けられたホールは、最後の務めとなる明朝の食事を待つだけだった。 全員が一卓のロングテーブルを囲んで座ると、ジョセフは企みを含んだ楽しげな笑みを自重しようともせず、広いホールに集まったたった五人の観客をぐるりと見やった。 「さてお集まりいただいた善男善女の皆々様、少しの間老いぼれの戯言に付き合ってもらうとしますかなッ」 それからジョセフのプレゼンテーションが開始された。 最初のうちこそ、メイジ達は「愉快な使い魔の一芸」を観覧するかのような気楽さで聞いていた。 しかしジョセフの説明が進んでいくに連れ、メイジ達の両眼には誰の例外も無く驚きの色が色濃く積もっていく。 タバサでさえ本から目を離し、驚きを隠さない目でジョセフを見つめるほどだった。他の面々は、言うまでもない。 さしたる時間も経たないうちに、ジョセフは五人のメイジ達の顔にただならぬ真剣さを帯びさせる事に成功していた。 「――とまァ、大体こんな感じかの。わしの見立てではこれで明日、レコン・キスタの連中に目に物見せてやれる。ただ手は幾らあってもいいんでな、わしの敬愛する主人と友人達にも助力を願うことになるんじゃが」 そのへんどうよ、とジョセフがルイズを見れば、信じられないと雄弁に語る瞳孔の開いた両眼でジョセフを見返していた。 「……それが本当なら、私達に断る理由なんてないわ。でも信じられないわ、そんな事が本当に出来るの!?」 大きく頭を振り、ジョセフが語った言葉をもう一度頭の中で繰り返すルイズ。 「わしの住んでた国ではけっこーオーソドックスな手段でな。非常に手軽で安価で便利じゃ。効果の程はわしが保証する」 「ジョジョ! 理屈は判った、でも問題は多い! 明日の決戦……確か正午だったか、それまでに本当に準備できるというのか!?」 ギーシュもまた、荒唐無稽としか思えないジョセフの言葉を信じ切れずにいた。 「なーに、このニューカッスルには三百のメイジと三百の使い魔がおる。まー多少時間は厳しいかもしれんが、問題ない」 「……でももっと大きな問題があるわ、ダーリン」 そっと手を上げたキュルケが言葉を繋げる。 「ダーリンをよく知ってる私達でさえ、今の話を信じ切れてないわ。そんな話を、どうやって他の貴族達に信じさせるというの?」 至極尤もな言葉にも、ジョセフは想定内の質問とばかりにニヤリと笑った。 「なァ~~~~~に、そんな初歩的なコトをこのジョセフ・ジョースターが考えてないワケがないじゃろ。まーァ見ておれ、ここで一つわしがいいモンを見せてやろう。 ただそれにはちょいと杖を貸してもらわなくちゃならんのと、今すぐに国王陛下にお目通り願わなくちゃーならんがなッ。このジョセフ・ジョースターの真骨頂を是非披露したくはあるんじゃが~~~~~」 そこで一旦言葉を切り、チラ、とウェールズ達を見る。 全員今にもエサに食いつきたくて仕方がないが、果たして本当に食いつくべき代物なのか悩みに悩んでいるのが手に取るように判る。ジョセフはそこで満を持してとどめの一言を放った。 「ま、どーせ信じろって言われてもムリな話じゃし。大人しくわしらはシルフィードに乗って帰るほうが無難じゃわなー」 こくり、と唾を飲んだ音が聞こえ。次の瞬間、バネでも仕掛けられたように勢いよく立ち上がった人物に、全員の視線が集まった。 「どうせ明日までの命だ、今夜以上に痛快な光景が見られるというのなら……!」 全員……いや、ジョセフ以外の視線は、驚愕。 してやったり、と笑うジョセフに、ウェールズは意を決して笑い返した。 「アルビオン王家の王子として約束しよう、今すぐにでもアルビオン王への謁見を許すと!」 六人で使うには余りに広すぎるホールに響く、皇太子の言葉。 「グッドッ!!」 68歳とは到底思えない満面の笑みにウィンクまでつけてサムズアップし、それからルイズ達に向き直る。 「さぁ、後は杖だけじゃな! さぁさぁ、このジョセフの口車に乗ってみせる向こう見ずはどこにおるッ!」 「いいわッ! 本当なら絶対、ぜぇぇぇぇぇぇったい触っちゃいけないモノだけど! 私は、私は!」 突き出された杖は、ルイズのそれだった。 「ジョセフ……自分の使い魔の本領とやら、主人として確認しなくちゃならない義務があるわッ!!」 ジョセフに向けて揺ぎ無く杖を突き出すルイズ。 その光景に、ルイズの同級生である三人は一様に驚きに捕われた。 メイジにとって杖とは、自分の誇りを示す証と言っても過言ではない。 そんな貴族の中でもプライドが恐ろしく高いルイズが、例え自分の使い魔と言えども平民に自分の杖を渡すなどとは想像だにし得なかった。 ジョセフの手が、まるで女王から授与される勲章を受け取るかのような恭しさで杖を受け取ったのを見届けると、自分の杖に掛かっていた手を離し、キュルケは愉悦を隠さずに言い切った。 「どうやら、このスヴェルの月夜は有り得ない事ばかり起こるらしいわねっ! ここを見逃したら一生悔やんでも悔やみ切れないことだけは判ったわ!」 断言したキュルケは、有無を言わさずタバサの手を取った手を上げた。 タバサも手を上げられたまま、小さくこくりと頷く。 自分以外が異様なテンションになっているのを見たギーシュは、おろおろと全員を見渡すが、最後には迷いや恐れを振り切り、叫んだ。 「ええい、こうなったらヤケだ! 僕も乗ればいいんだろう、ジョジョ!」 「そうじゃな、そうじゃなくっちゃなァ!!」 楽しくて仕方がない、と力一杯主張する笑みのまま、椅子から立ち上がった。 「さーあ、ここからわしのオンステージになっちまうワケじゃがッ。今から起こる事ははわしの友人達だからこそ見せておきたいモンじゃからなッ。しーっかり見といてもらわなくちゃ困っちまうぞ!」 自信満々に言ってのけるジョセフは、何が起こるかは言うつもりがないらしい。蓋を開けてのお楽しみ、と言う事を察したメイジ達は、一体これから何が起こるのか、大きな期待と多少の不安を胸に抱いたまま、ジェームズ一世の寝室へと向かうことになった。 ジェームズ一世には深夜の突然の訪問は堪えるようであった。 訪問してきたのが息子でなければ断っていただろう。 魔法のランプでほのかに灯された寝室の中、やっとの思いで半身を起こしたジェームス一世のベッドの傍らに、メイジに混じってとは言え平民の老人が跪いているのは、ある意味奇跡と称して良い光景である。 「何の用じゃ、トリステインからの客人達よ」 立ち上がるだけでさえよろめくような老いた王の声は、決して雄雄しいものではない。 「用の前に一つ。面白いものをご覧に入れましょう」 す、とジョセフが立ち上がり、杖を持ったまま寝台に近付く。 微かに聞こえる奇妙な呼吸音が波紋呼吸だと理解できたのは、ルイズ達魔法学院の生徒だけであり、王と王子にはそれが呼吸の音だとはすぐに理解は出来ない。 それからジョセフの口から呪文めいた言葉が流れるが、誰もその呪文が何なのか理解できない。それもそのはず、ビートルズの「GetBack」の歌詞を口ずさんでいるだけである。 それと同時に呼吸で練り上げられた波紋はジョセフの体内を駆け巡り、薄暗い寝室に太陽を思わせる光が灯っていく。 体内に巡る波紋を少しずつ右腕に集約させ、右手に凝縮し、杖に乗せ―― 「ちょっとだけ! 深仙脈疾走!!」 ボゴァ! と迸る音と共にジェームス一世の腕に当てられた杖から凄まじい勢いで流れ込む生命エネルギー! 「お、おおおおおおおお!!?」 ジェームス一世の全身から噴き出た波紋の残滓が、寝巻きを容易く引き裂く! 「な、何を!?」 何が起こるかを説明されていない一行は、王に起こった異変に息を呑む。 しかしそれもほんの瞬間の事。波紋の光が消えた部屋の中、ジェームス一世はくたりと首を俯かせて深く息を吐いた。 「さあ陛下、お手を」 ジョセフが差し出した手に伸ばされた手は、年老いた枯れ木のような手ではなく。若々しい生気に満ちた力強い手だった。 それだけではない。破れた寝巻きの狭間から見える肉体も往年の若さを取り戻していた。 「お、おおおおお……」 王の口から漏れる声すら、パーティで見せたような老いを微塵たりとも感じさせない。 自らの身体に起こった変化が信じられないながらも、ジェームス一世はあれほど難儀していたベッドから降りるという作業を、何の苦も無く行えた。その事実に、目を見開いた。 「こ、これは如何なることだ!? 一体、何が朕に起こったというのだ!?」 誰の助けを必要ともせず、両の足だけで支えられた身体を夢幻ではないかとひっきりなしに視線を走らせる王に、ジョセフは恭しく跪いた。 「失礼ながら、王にこのジョセフ・ジョースターの操る系統の片鱗をお見せしただけに過ぎませぬ」 「系統? 朕が知る四大系統の魔法に、この様な奇跡を起こす魔法などついぞ知らぬ!」 若さと生気を取り戻した驚きと、ふつふつと滲み出す歓喜に声を知らず張り上げても咳の一つすらする事はない。 ジョセフは不敵に笑って、王を見上げる。 「魔法の四大系統は御存知の通り、火、風、水、土。しかしながら魔法にはもう一つの系統が存在します。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統。真実、根源、万物の祖となる系統」 魔法の授業で聞きかじった単語を繋げていかにもそれらしい説明を立て板に水の例えの如く並べ立てるジョセフ。 波紋の力を理解していなければ、ジョセフの口から流れてくる言葉がまるっきりの大嘘だとは誰も理解できないだろう。彼を良く知るギーシュでさえ(ジョジョはまさか本当に虚無の使い手だったのか!?)と考えるに至っていた。 まして波紋を知らないアルビオン王家の親子にとって、それを信じない訳には行かなかった。 「まさか……まさか! 零番目の系統、虚無だと言うのか!」 ジェームス一世は自らの身体に走った波紋の流れを、虚無の力だと誤解してしまった。 ジョセフは跪いたまま、ニヤリと笑って頷いてみせる。 「私はその力を、始祖ブリミルより授かりました。しかしながらこの力は軽々には見せられぬもの。ですがアルビオン王国のみならず他の王家に仇為す反逆者どもの蛮行をこれ以上見過ごす訳には行きませぬ」 いくらジョセフが奇妙な能力に事欠かないとは言えども、ジョセフの親友達は彼の真の能力をまだ見ていなかったことにやっと気がついた。 ジョセフの本領とはガンダールヴの能力でも波紋でもハーミットパープルでもない。 ジョセフの真の能力は、嘘を真実に変貌させるその頭脳と口先! 奇跡を見せ付けられた人間が、奇跡を見せつけた人間の言葉を疑うのは非常に難しい。ただでさえ甘い言葉が、乾いた砂に水を注ぐように王の心を支配していく。 老いたりとは言え一国の王が、平民の言葉を信用し、受け入れ、最後には始祖ブリミルが遣わした使徒であると完全に信用してしまう光景を、若者達は目撃した。 部屋の隅に置かれた水時計は、ジョセフ達が寝室に入ってから出るまでの時間を「23分」と刻んでいた。 後に、数人のメイジの共著により記された本は「23分間の奇跡」と題され、交渉術の秘伝の書として密かに受け継がれていくことになるのだが。 それはまた、別の、話。 To Be Contined →